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砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第二章 子供
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子供…図書室・3

「あの子供、嫌い。許さない。あたしは脳腫瘍だから、あたしはあの子供が嫌いなんだ」

 子供というのはあの少年のことだろうか? あの、ヒステリーの病原菌のような少年がワクチンだというのだろうか。

「あの子供も、船の底に入れて一生出さなきゃいいのに」

 女はにやにや笑って、今度は歌い出した。音程のめちゃくちゃな歌に合わせて踊り、棚をガタガタと鳴らしながら本を乱暴に落とした。埃が立ち、カビの臭いが三毛の鼻を圧迫する。

 女の帽子の飾りが揺れる。ボロボロの服が揺れる。奇妙な歌が流れる。ボロボロの靴がステップを鳴らす。

 三毛は気分が悪くなってきた。ぼんやりと女のすることを眺めていると、カタン、という音が聞こえた。

 黄色いカナリヤが止まり木から落ちていた。三毛は驚いて駆け寄ろうとしたが、その途端視界が歪んだ。女の歌が、歪んで聞こえてくる。カビの臭いが、身体中に染み渡っていく感覚がある。

 三毛の視界が真っ黒になった。

 ドアが開くガチャリという音が聞こえた。

 三毛は朦朧とした意識で辺りを見回した。体の横に、革靴があった。

「三毛」

 疲れ果てたような、松子夫人の声。見上げると、松子夫人の顔は青ざめていた。

 異臭だ。

 開いたドアからは異臭がする。

 松子夫人はがっくりと座り込むようにしてしゃがみ、手で顔を覆いながら三毛をもう片方の手で掬い上げた。

「嫌なものを見てしまったわ」

 松子夫人が呟く。どうやら船の底から戻ってきたらしい。

 ならば、スチュワートは?

 高い位置から見渡すが、見当たらない。ドアの向こうの白い部屋のなかにも彼はいない。

 松子夫人がいきなりドアをバタンと閉じる。唇が震えている。

「置いてきてやったの。彼はまだ狂っているわ」

 まだ? 船の底に行くと、人は狂ってしまうのでは無かったのか?

 いや、あの女はどこにいる? 三毛が気を失う前に見た、あの女。そもそも三毛はカナリヤの鳥籠のある場所にいたはずなのに。

 夢だったのだろうか。

「高原松子船の底から帰還。スチュワートはおいてけぼり」

 不愉快な笑い声が聞こえた。帽子の飾りを揺らしながら、女は踊っている。

 手にはカナリヤの入った鳥籠。乱暴に揺らして、踊っている。

 松子夫人は呆然と女を見つめる。松子夫人もまた、女を見るのは初めてのようだ。

「本当だよ。ここに書いてあるんだよ」

 女がさっき持っていたのとは違う本を広げてこちらに向ける。黒い歯で、ケタケタと笑う。

「鳥籠を渡しなさい」

 松子夫人は英語で叫んで勢いよく女に近寄った。女はわざと手を放して、ガチャン、と床に落とした。

「何て事するのよ」

 松子夫人が駆け寄る。

「何て言ってんのか分からない。英語下手くそだね、日本人」

 女がスペイン語で松子夫人を馬鹿にする。

「何語を話してるのよ。さっきまで英語で話していたくせに」

 松子夫人はイライラと肩を揺さぶり、しゃがみこんだ。籠を大切そうに抱きかかえる。幸いに、中のカナリヤは生きていた。三毛は一緒に抱かれながら、ほっとした気分でカナリヤを見つめた。黄色い小鳥は弱々しく羽を広げて、しまう。

 三毛の体ががくんと揺れた。松子夫人はつかつかと女の横を通りすぎた。

「メアリー、ウィルソン、ホプキンス」

 女が松子夫人をからかうように歌った。

「うるさい」

 図書館のドアに向かう松子夫人の目は、何故か充血していた。

「メアリー、ウィルソン、ホプキンス」

 甲高い笑い声が響きわたる。松子夫人が涙目になった目をギュッと閉じると、涙が一筋流れた。松子夫人の足音が強くなる。

「うるさい!」

 ドアは乱暴に開き、乱暴に閉じた。


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