子供…ロビー・9
三毛は絹に滑るようにして繭子の膝を降りた。繭子の手が、びくりと震えた。
「三毛!」
「どうしたのよ、繭子さん」
「三毛が」
「あら、どこかへ行きたいのね。行かせてやればいいじゃない」
「嫌よ。三毛」
繭子は立ち上がり、三毛を追い掛けようとする。三毛の足が速まる。繭子は二、三歩歩き、傷付いた顔でまた椅子に戻った。
「どこに行くのかしら」
ほとんど泣きそうな声だ。
「さあ。言ったでしょう。三毛にはたくさん飼い主がいるって」
絹子はため息をつく。興味が無いのか、繭子に説教をしているのか、それは分からない。繭子はうるんだ大きな瞳で絹子に懇願するように言う。
「そんなこと言わないで、絹子さん」
「あなたももう悟るべきだわ」
「三毛は私の猫だもの」
「そうね」
「他に飼い主がいるわけないわ。私を置いて、よその人のところに行くなんて」
「それはどうかしら」
「絹子さん、あなた三毛が可愛くないの? あなた、この間までは三毛を可愛がっていたじゃない」
繭子が涙ぐむ。
「三毛に飽きたの?」
「そうかもしれない」
絹子の煙管が、曇ったような光を反射する。繭子は絹子を睨みつけている。
「残酷だわ」
「そうかしら」
「そうよ」
「何故?」
「あんなに弱い子をないがしろにするからよ。残酷よ」
「あなたが可愛がってるからいいじゃない」
「そういう問題じゃないわ」
絹子はふう、とわざとらしい溜め息をつく。白い煙と焼けた草の香りが辺りに漂う。
「あなたが男の方に飽きるのと、どういう違いがあるのかしら。人殺しのくせに」