子供…ロビー・6
「彼は重い病気なんですよ。興奮させるのは良くないから、部屋に連れていきたいのですが」
老人の満面の笑みは人々の間を虚しく通り抜けていった。誰も目を合わせず、気まずそうに身じろぎした。
絹子は露骨だった。手近な椅子にどさりと座り込み、薄物の水色のドレスの裾をさばいて足を組んだ。我関せずといった顔だ。
繭子もそれに倣ってテーブルの向かい合せの椅子に身を沈めた。三毛を抱いて。三毛は二人に怒りを覚えた。
老人は、優しく微笑んで、それでは皆さん良いお昼を、と、暴れている少年を抱いて階段を辛抱強く上っていった。見えなくなった辺りで、少年のキーの高い怒号がロビーへと降りてきた。
ロビーの人々はしらけたように、あるいはビクビクと、各々の居るべき場所へと戻っていった。
絹子と繭子はもう全て忘れた様子で談笑を始めた。
少年の人気は、わずか二日で地に落ちたというわけだ。
三毛は力なく三階の少年の部屋の方を眺めた。そして、船の人々の弱さと身勝手さを思った。
どうせ彼らは少年をおもちゃにするつもりだったのだ。かえって良かったのかもしれない。
三毛は寂しくなったロビーで、絹子と繭子と共にいた。
「予想外だったわね」
繭子は三毛を撫で、身をよじる三毛の額にキスをする。
「全くだわ」
三毛の馴染みの人々が、ロビーを取り囲む何層もの回廊からちらりちらりとこちらを除き見る。
「ろくなしつけを受けなかったのね」
と繭子。
「それはここに来たときの格好や振る舞いを見ても分かることだわ」
と絹子。
「あの子、どこから来たのかしら」
「聞いたことのない言葉を話すわね。多分南の方だわ」
「どうして分かるの」
「何と無くだわ」
繭子は無言で三毛を撫でる。
三毛はまだ少し怒っている。二人の先ほどの振る舞いに対して。少年が現れる前後から、多くの人の新しい一面を垣間見た。この二人はその中でも最も不快な姿を三毛に晒している。
「私、あの子が気に入ったわ」
絹子が瓶のコルク栓を指でもてあそび、一枚の赤い花びらをくわえて笑った。
繭子の三毛を撫でる手が止まった。三毛の中で渦巻く感情も真っ白になった。