子供…ロビー・5
ロビーの人々は脅えたように少年のすることを見ていた。老人とスチュワートも、呆然としていた。
三毛はというと、ただ悲しい気持ちで少年を見ていた。
同じ気持ちにはなれない。だけど何か共有できる感情がある気がする。
絹子と繭子は目を大きく開けて顔を見合わせていた。
老人が静かにロビーを横切って行った。
硝子戸を開く音を聞いた少年は、血走った目で振り向いた。呪いの言葉が途切れることなく奇妙なリズムでつむがれる。
「戻ろうか」
老人が、彼自身の言葉で語りかけた。不思議な音質の柔らかい言葉だ。
少年に分かるわけがない。高い声で、憎しみのこもった言葉を吐く。
「興奮したから、気分が悪くなったろう。帰ろう」
老人が少年の肩に触れる。少年はその手を振り払う。
「さあ」
老人は少年の肩を抱き寄せて、なかば無理矢理に歩かせた。少年は暴れながらも従うしかない。
白い日向から灰色の日陰へ、砂糖菓子ホテルのロビーへ。少年の細い足は反抗的な動きをしながら引きずられていく。
人々は恐れに満ちた目で彼から遠ざかった。数人は幽霊のようにいつの間にか去っていた。
砂糖菓子ホテルの住人は弱い。少年の狂暴さは彼らを恐れさせるのに十分だった。
少年は人馴れない犬のように、周りのものを一つ一つ睨みつけながら歩いた。その中に三毛たちもいた。絹子が頬に手を当てて「まあ」と呑気な短い感想を述べた。繭子は恐ろしそうに身を引いた。それから三毛を高い位置で抱きなおした。
階段の下につくと、スチュワートが険しい顔で待っていた。
「彼を部屋に戻そう。あなたの言う通りだったよ」
老人が少し笑った。スチュワートは動かない。
「手伝ってもらえないか」
スチュワートは喋らない。
「私の手には余るよ。この暴れん坊は力が強い」
スチュワートは後退りをした。老人は眉をひそめた。
「まさか、彼をほったらかすつもりかね」
スチュワートは黙りこくっている。顔色が悪い。
「彼の世話をしてくれる人が、一人でも多く必要なんだ。確かに彼はどこかたがが外れた部分がある。あなたはそれを今目撃した。怖いだろうね。だけど」
スチュワートがサッと身を翻して階段を駆け上がって行った。後ろ姿は次第に小さくなり、最後には靴音までも二階の奥に吸い込まれてしまった。
老人が溜め息をついた。少年はイライラとその腕の中で肩を動かしていた。
「誰か彼を部屋に連れていくのを手伝ってくれませんか」
老人は人々を振り返った。




