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砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第二章 子供
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子供…ロビー・4

「彼が興奮しないでしょうか」

 スチュワートが心配そうにささやく。

「あなたが言ったんだ、トマス。彼は太陽の光を浴びなくてはいけないと」

 老人はにこにこと笑う。

「そうですが……。見てください、この人の波を」

 少年がぼんやりとした目で、好奇心に満ちた人々を見渡した。瞳はどろんと力を失っていて、体も二人に両側から支えられなければ立てないほどに弱っているらしかった。

「あの子だわ、絹子さん」

 繭子は当初の目的を忘れて、弾んだ声で絹子を呼ぶ。

「そうね」

 絹子も満更でも無さそうに少年を見つめる。

「かわいいわね」

「ええ」

 視線の中心にいる三人は、既に何人かの人々に取り囲まれていた。

「こんにちは、おじいさん」

 人々は口々に老人への挨拶を述べたが、皆が皆少年の力無い顔をちらちらと見ていた。

 老人は手を挙げて挨拶を返しながら歩いた。スチュワートはそれらの人々の視線を避けながら、怒ったように歩いた。

 誰もが少年を見ていた。ある者はこそこそと、ある者は密やかな笑顔を向けて。

 子供というものは、彼らのような人々さえも夢中にさせてしまう力がある。少し心を開いても、話しかけても大丈夫だと錯覚させる魅力がある。そう、三毛のように。

 彼らは少年を新しい三毛として歓迎していた。

 子供は大人のように、信用ならない存在ではない。もっと無垢で、弱々しくて――。

 子供は大人たちのおもちゃだ。子猫が人間のおもちゃであるのとおんなじで。

 船の住人たちは、そういう役割を少年に期待していた。彼らのかわいいお人形。毒のない話し相手。

 だが、その期待はすぐに打ち砕かれた。

 少年が突然奇声を上げた。顔を激しく歪めて、地団太を踏んだ。

 人々の暖かかった空気がすう、と凍りついた。

 少年が走り出した。老人とスチュワートはその時初めて自分達が彼から手を離したことに気付いた。

 少年は居並ぶ人々を、病人とは思えない力で突き飛ばし、走った。何人かが悲鳴をあげて転び、テーブルの角で頭を打った。

 少年は硝子戸にたどり着くと、力を込めてそれを押した。隙間から、走り出た。

 自然と閉じようとする硝子戸が、キイ、という古びた音を立てた。

 少年は強い日差しの下に立っていた。砂糖細工の白い甲板に立ち、果てしない青い海を、陸の見えない空との区切り目を見渡した。

 そして、野獣のように哭いた。誰にも分からない異国語で、何度も何度も悪態をついた。その姿はおよそ子供らしく見えなかった。

 悪魔。

 褐色の悪魔が呪いの言葉を吐いていた。


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