子供…ロビー・3
「花が手に入ったのよ。私たち、本当にほっとしているの」
「ほんとだわ」
絹子が繭子の言葉に続く。
「一時はどうなることかと思ったけど」
「飢えて死ぬ寸前だったわね」
繭子がくすくす笑う。
「全くだわ」
絹子も笑う。
「ねえ、絹子さん。今回の件で、私たちが花しか食べられないってことを再認識させられたわね」
「全くね。サラダさえ受け付けないんだもの」
「私たちの特異体質にも困ったものね」
「ふふふ」
絹子がまた砂糖をまぶした薔薇の花びらを口に入れた。三毛は二人のつむぐいつもながらの会話に、違和感を覚え始めていた。
「ロビーに行かない? 絹子さん」
繭子が言った。
「何を言うのよ。ロビーは人で一杯じゃない」
「そうよ。皆あの子を待っているんだもの」
「あの子供ね……」
「可愛かったわ。私もあの子に会いたいわ」
「私も興味が無いことは無いけれど」
「でしょう。行きましょう。それに、三毛を他の人たちに見せ付けてやるのよ」
繭子がいささか意地悪そうに笑った。
「三毛ね……。この子、飼い主がたくさんいるわね」
絹子がため息をつく。
「飼い主は私たちよ。他の人は自分がそうだと勘違いしてるのよ」
「そうかしら」
「そうよ」
「じゃあ、そうね、そうしましょ。三毛は私たちの猫よ」
絹子がテーブルに手を着いて立ち上がった。
「じゃあ、じゃないわ。三毛は私の猫よ」
繭子が不満そうに言う。
「はいはい。じゃあ、ロビーに行きましょうか。三毛を見せびらかしに」
「もちろんだわ」
繭子は三毛を強く抱き締めた。三毛が意見を述べる暇は無かった。
繭子はさっさと歩いてドアを開けた。絹子はやれやれと言った様子で白い粒にまみれた花びらの砂糖漬けの小さな丸い瓶を掴み、繭子の後を追った。
繭子の期待したような効果は得られなかったと言ってもいい。
静かな人々の群れは、波立つ空気を送り出していた。好奇心に満ちた、目と目と目。
その目は三毛には注がれていなかった。目の前にいる、中年の男の視線の先にあるのは――。
「本当に良かったんでしょうか」
ひそひそと漏れる、慌ただしい話声。
「多分、大丈夫だよ。彼は太陽の光を浴びなくてはいけないからね」
老人とスチュワートが話をしていた。