子供…三〇八二号室・5
「意外だわ」
松子夫人が白い老人の方に顔を向ける。
「私も意外だと思った。しかし彼のことを言うと、すぐに来ると言ってくれたよ」
老人は白い髭を指でときながら、何度も瞬きしながら言った。
「今まで鳥以外関心を持たなかったのに」
「それはあなたも同じだ、マツコ」
老人はさりげなく言う。松子夫人は老人をじっと見つめる。沈黙。
「そうかもしれません」
松子夫人はせかせかと寝室を出ていった。何を思ったのだろうか。
老人も、考え深げに眠る少年を見つめた。ぬるくなったスープがベッドサイドに置いてある。
「飲ませてやらないとな」
いずこのものともしれない言葉で、老人はひとりごちた。
三毛はこの少年が巻き起こした一連の出来事に戸惑っていた。
カナリヤ男が少年に会いにやって来た。
松子夫人が少年の手助けをした。
船の人々が何と無く、落ち着きがない。
少年の存在は船の人々の感情を揺さぶるらしかった。三毛も、少年を強く哀れんだ。
三毛は不思議そうに、少年のベッドを見つめた。荒い息が聞こえた。
「さあ、服を着替えさせましょう」
いつの間にか松子夫人がいた。湯を張った洗面器を抱えていた。腕にはタオルや衣服がかかっている。部屋が急に蒸してきた。
「こんな汚い服、着せておけないわ」
松子夫人は手早く少年の上半身を起こした。Tシャツを脱がせる。骨と皮だけのみすぼらしい体が現れ、松子夫人と老人の二人は息を飲んだ。Tシャツからはすえた臭いがした。少年は目を閉じたまま、何か言っている。
老人はすぐに察して、洗面器の湯に浸して絞ったタオルで少年の上半身を拭いた。白いタオルは茶色く汚れた。
「はい、着なさい」
松子夫人はあっと言う間に少年に薄桃色の作務衣を着せた。松子夫人の作業服だ。
三毛が見えない高いところで、二人の作業は続いた。




