表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第二章 子供
34/100

子供…三〇八二号室・4

 ノックの音が聞こえた。

 松子夫人は三毛を抱いたまま歩いていき、広間のドアを開ける。

 背中を丸めた老人が心配そうな顔で立っていた。後ろにも誰かがいる。

「ロビーには人がいなかった。医者もいなかったよ」

「まあ、じゃあ……」

「でも、ロビーには彼がいたんだ。その子の症状を説明したら、基本的な処置の仕方なら分かるって」

 複雑な表情の老人の後ろから、意外な人物が出てきた。

 銀縁眼鏡のカナリヤ男だ。相変わらずの怒ったような顔。老人と男はあの小さな入り口をくぐって、少年のいる寝室へとやって来た。

 三毛は呆れるほどに目を見開いて、男を見つめた。

「血を吐いたのですか」

 男はテーブル周りの汚れを見て、堅苦しい英語で尋ねた。

 松子夫人は戸惑いながら、ええ、と答えた。

「私は医者ではありません。でも少年を直接見たら、何か分かるかもしれません」

「はあ」

 ぎこちない会話。

「彼を見せてくれますか」

「ええ……、もちろん」

 松子夫人は老人の顔を驚いた顔で見つめた。老人はもごもご口を動かし、くるりと目を回した。

 松子夫人が寝室のドアを開ける。

「この部屋はドアが小さいな」

 男は呟いた。松子夫人はまたおろおろと、ええ、と答えた。

 三毛も目を見張って男の足元を歩いた。男は少し不快そうに三毛を見下ろした。

 男が少年の姿を見たとき、三毛は男に感情らしいものが揺れ動いたように感じた。

 男はそっと動かない少年の茶色の肌に触れ、瞼をめくり、喉を覗いた。その作業は、小さな生き物におっかなびっくり触れる子供のそれだった。

「菌によるものです。肺を冒し、内蔵を壊死させる菌です」

 しばらくして、男は言った。

「栄養のあるものを食べさせ、清潔な格好をさせ、日光に当たらせるのです。それしかありません」

「それだけですか?」

 松子夫人は不満そうだ。男は頷く。

「私の力ではこれだけしか分かりません。仕方がありません」

 また怒ったような顔をしている。

「私は帰ります。それでは」

 あっと言う間に男は帰った。

 少し猫背気味の背中が、小さな入り口をくぐろうと曲がるのが見え、その後はドアが静かに閉まる音だけが聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ