子供…三〇八二号室・4
ノックの音が聞こえた。
松子夫人は三毛を抱いたまま歩いていき、広間のドアを開ける。
背中を丸めた老人が心配そうな顔で立っていた。後ろにも誰かがいる。
「ロビーには人がいなかった。医者もいなかったよ」
「まあ、じゃあ……」
「でも、ロビーには彼がいたんだ。その子の症状を説明したら、基本的な処置の仕方なら分かるって」
複雑な表情の老人の後ろから、意外な人物が出てきた。
銀縁眼鏡のカナリヤ男だ。相変わらずの怒ったような顔。老人と男はあの小さな入り口をくぐって、少年のいる寝室へとやって来た。
三毛は呆れるほどに目を見開いて、男を見つめた。
「血を吐いたのですか」
男はテーブル周りの汚れを見て、堅苦しい英語で尋ねた。
松子夫人は戸惑いながら、ええ、と答えた。
「私は医者ではありません。でも少年を直接見たら、何か分かるかもしれません」
「はあ」
ぎこちない会話。
「彼を見せてくれますか」
「ええ……、もちろん」
松子夫人は老人の顔を驚いた顔で見つめた。老人はもごもご口を動かし、くるりと目を回した。
松子夫人が寝室のドアを開ける。
「この部屋はドアが小さいな」
男は呟いた。松子夫人はまたおろおろと、ええ、と答えた。
三毛も目を見張って男の足元を歩いた。男は少し不快そうに三毛を見下ろした。
男が少年の姿を見たとき、三毛は男に感情らしいものが揺れ動いたように感じた。
男はそっと動かない少年の茶色の肌に触れ、瞼をめくり、喉を覗いた。その作業は、小さな生き物におっかなびっくり触れる子供のそれだった。
「菌によるものです。肺を冒し、内蔵を壊死させる菌です」
しばらくして、男は言った。
「栄養のあるものを食べさせ、清潔な格好をさせ、日光に当たらせるのです。それしかありません」
「それだけですか?」
松子夫人は不満そうだ。男は頷く。
「私の力ではこれだけしか分かりません。仕方がありません」
また怒ったような顔をしている。
「私は帰ります。それでは」
あっと言う間に男は帰った。
少し猫背気味の背中が、小さな入り口をくぐろうと曲がるのが見え、その後はドアが静かに閉まる音だけが聞こえた。