表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第二章 子供
33/100

子供…三〇八二号室・3

「この船に医者はいるかな」

 老人は松子夫人に尋ねる。

「それはおじいさんの方がお詳しいんじゃありません?」

 松子夫人は答える。

「とは言っても、この子の病気は永遠に治らないんですもの。医者がいても仕方ありませんわ」

 深い溜め息。

「そうかもしれない。でもましな状態に保つくらいは出来るんじゃないかな」

「そうですわね。では誰がやってくれるんです?」

「医者か。思い付かない。この船の人々は皆自分の過去を隠すから」

「ああ……」

 松子夫人が顔を覆う。悲しい。どうしようもなく悲しい。

「でも待ってくれ」

 老人は松子夫人を元気づけるかのように、長い髭を揺らして笑いかけた。

「探してくる。ロビーに行って知り合いに尋ねてみるよ」

「無理ですわよ。皆おじいさん以外とは誰とも知り合いじゃないんですもの。知りっこないわ」

「でも、やってみる」

 老人は皺の中の目を細め、少年を見つめながら言った。そして、寝室のドアに向かった。振り向いて、手を挙げる。

「マツコ、その子の世話をよろしく頼むよ」

「自分からやってますのよ。もちろんです。おじいさんこそよろしくお願いしますよ」

 松子夫人は微笑んだ。

 少年の寝室は、少年と松子夫人と三毛だけになった。少年の、聞いている方が息苦しくなるほどのいびつな呼吸音と、妙な臭いが充満している。

 嫌な状況だった。

 三毛はしゃがんだ松子夫人の膝を足場に、ベッドに飛び乗った。松子夫人が咎めるような目で見たが、別に何も言わなかった。

 

 三毛は少年の顔をじっと見つめる。開いた丸い唇から音と臭いが漏れるのを見つめる。

 三毛は夢にうなされる老人を起こすときのように、前足で少年の顎に触れた。少年は虚ろな目で小さく覗く三毛を見下ろす。

 もっと近寄って、左頬を舐める。少年は三毛のすることをじっと見つめる。

 鼻を舐める。少年は疲れ果てたように目を閉じる。長い睫毛は苦しさから来る涙のために濡れていた。

 三毛はまた前足を頬に載せた。

 こうしていれば、いつか少年は悪夢から逃れられるのではないかと思うのだ。

 三毛が触っていると、病気が三毛の体にくっついて、少年から離れてくれるんじゃないかと。三毛は少年の顔に何度も触れた。

 心なしか、少年の呼吸は整ってきた。三毛はおまじないが効いたことに喜んだ。

「さあ、降りなさい。病人が疲れるわ」

 松子夫人が三毛を優しく床に降ろした。仕方なく、三毛は背伸びをしてベッドの上を覗こうとしたが、見えなかった。

「大分落ち着いてきたみたいね。お医者さんが来るまで待てるわね?」

 通じないと知りつつも、松子夫人は話しかけずにはいられない。少年は目を閉じたまま動かない。

 松子夫人は三毛を抱いて、小さなベッドの隅にそっと座った。

 松子夫人も三毛も息をひそめて、この褐色の肌の少年を長い時間の間見守った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ