子供…甲板・10
三毛は困った。おそらくこの船で一番変人のこの老人の前では、もはやなす術は無かった。
この船が幸せの船? きっと老人にとっては本当にそうなんだろう。
三毛は腹を立てながらそんなことを考えた。きっと彼だけは本当に幸せなんだ。
突然、寝ているはずの老人の感情がじわりと三毛に伝わってきた。
悲しくて、重苦しい気持だった。
老人は夢を見ていた。顔をひどくしかめて、唸っていた。
三毛は腕の力の緩みに気付いて、布団の外に出た。老人の胸の上に立って、老人を見つめた。
老人は苦しんでいた。眠りながら、悲鳴を上げていた。三毛が恐怖にかられるほどの声だった。
三毛は老人を起こそうと、髭の上に前足を載せた。首を伸ばして、乾いた鼻を舐めた。老人は唸った。
三毛は前足の爪を立てた。何としても起こさなければ、三毛が恐ろしかった。
この夢から伝わってくる感情の苦しさから逃れたかった。
爪が老人の頬に軽く傷を作った。その時――。
「おじいさん! 来てください。大変なんです」
老人は飛び起きた。声は廊下から聞こえてきた。松子夫人だ。
三毛を布団の上に落として、部屋の入り口のドアを開けた。
松子夫人は取り乱して何かをわめいていた。老人が落ち着いた、しかし尋常ではない様子で部屋を出ていった。
取り残された三毛は、急いで寝室を出た。老人の部屋から出ようとしたら、幸いドアは開けっぱなしだった。三毛は老人と松子夫人を追った。