子供…甲板・9
老人が三毛を抱いて、自分の部屋のある四階まで、ふうふう言いながら登っている間、三毛はこの老人の風変わりであることをつくづく思った。
幸せの船。そんなふうに考えている乗客は他に誰がいるだろう。三毛から見ても、この白い船は辛気臭い不幸の船だ。
一体どうして、老人はここまで奇妙な思い違いをしているのだろう?
一体どうして、老人はこんなに陽気なのだろう?
三毛は、老人が少年に語りかけたことを、一つずつ思い返した。やっぱり変だ。
「はい、到着」
老人と三毛は、老人の住む四〇六六号室にたどり着いた。
ドアは妙に縦長の長方形だ。老人の体型に合っている。老人はポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。ガチャリとドアが開いたとき、三毛は呆然とした。
真っ白だった。椅子も、テーブルも、クッションも、絨毯も。
三毛は柔らかい絨毯の上に下ろされた。辺りを見回す。やっばり、真っ白。
「船と同じ白だ。気に入っただろう」
老人は満足そうに三毛に語りかける。
「何もかも、何もかも船と同じようにしているんだ。他の人たちのようにいろんな色を置くのは犯罪だよ」
部屋の隅にカンバスが立掛けられている。白い船の絵。ありとあらゆる角度の、ありとあらゆる場所の絵が置いてあった。
「この船が不幸の船だなんて、彼はどうしたんだろうなあ」
老人は心底不思議そうに言う。三毛はなるほど、と納得した。
花に取り憑かれた絹子と繭子の姉妹、彫像を彫る作業を止めない松子夫人、カナリヤに執着する眼鏡のイギリス人。
彼らと同じように、老人はこの白い船に呪われてしまったのだ。白い船自身を愛するという呪い。
老人は白い服、白い部屋にこだわり、この船を幸せの船とまで言った。新しい客を過剰に歓迎し、心を閉ざす乗客たちとの交流を求める。船を正当化するために。
病気なんだ。三毛は思った。老人は気付かずに、少し変わった病気に冒されている。他の乗客たちと、大して変わりはしない。
「三毛」
老人は三毛をまた持ち上げた。部屋の一つに連れていこうとする。
白い大きなベッドに着くと、三毛を縫いぐるみのように抱いたまま、布団に潜り込んだ。三毛は慌てて腕をすり抜けようとしたが、腕の力が強まった。出られない。
「疲れた。寝よう」
老人の表情は打って変わって虚ろになっていた。老人はさっきまでの元気を突然失って、眠りにつこうとしていた。三毛は眠たくない。離して欲しいが離してくれない。
老人は三毛を抱き、行儀のよい姿勢で寝息を立て始めた。