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砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第二章 子供
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子供…甲板・9

 老人が三毛を抱いて、自分の部屋のある四階まで、ふうふう言いながら登っている間、三毛はこの老人の風変わりであることをつくづく思った。

 幸せの船。そんなふうに考えている乗客は他に誰がいるだろう。三毛から見ても、この白い船は辛気臭い不幸の船だ。

 一体どうして、老人はここまで奇妙な思い違いをしているのだろう?

 一体どうして、老人はこんなに陽気なのだろう?

 三毛は、老人が少年に語りかけたことを、一つずつ思い返した。やっぱり変だ。

「はい、到着」

 老人と三毛は、老人の住む四〇六六号室にたどり着いた。

 ドアは妙に縦長の長方形だ。老人の体型に合っている。老人はポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。ガチャリとドアが開いたとき、三毛は呆然とした。

 真っ白だった。椅子も、テーブルも、クッションも、絨毯も。

 三毛は柔らかい絨毯の上に下ろされた。辺りを見回す。やっばり、真っ白。

「船と同じ白だ。気に入っただろう」

 老人は満足そうに三毛に語りかける。

「何もかも、何もかも船と同じようにしているんだ。他の人たちのようにいろんな色を置くのは犯罪だよ」

 部屋の隅にカンバスが立掛けられている。白い船の絵。ありとあらゆる角度の、ありとあらゆる場所の絵が置いてあった。

「この船が不幸の船だなんて、彼はどうしたんだろうなあ」

 老人は心底不思議そうに言う。三毛はなるほど、と納得した。

 花に取り憑かれた絹子と繭子の姉妹、彫像を彫る作業を止めない松子夫人、カナリヤに執着する眼鏡のイギリス人。

 彼らと同じように、老人はこの白い船に呪われてしまったのだ。白い船自身を愛するという呪い。

 老人は白い服、白い部屋にこだわり、この船を幸せの船とまで言った。新しい客を過剰に歓迎し、心を閉ざす乗客たちとの交流を求める。船を正当化するために。

 病気なんだ。三毛は思った。老人は気付かずに、少し変わった病気に冒されている。他の乗客たちと、大して変わりはしない。

「三毛」

 老人は三毛をまた持ち上げた。部屋の一つに連れていこうとする。

 白い大きなベッドに着くと、三毛を縫いぐるみのように抱いたまま、布団に潜り込んだ。三毛は慌てて腕をすり抜けようとしたが、腕の力が強まった。出られない。

「疲れた。寝よう」

 老人の表情は打って変わって虚ろになっていた。老人はさっきまでの元気を突然失って、眠りにつこうとしていた。三毛は眠たくない。離して欲しいが離してくれない。

 老人は三毛を抱き、行儀のよい姿勢で寝息を立て始めた。


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