子供…甲板・8
乗客たちは彼のこの格好を怪訝な目で見ない。もはやこのスーツは彼のシンボルだ。彼を好ましく思う者にとっては、むしろ老人の愉快な一部分である。
そんな奇妙な老人が三毛を誘っている。
もちろん彼の服が意味するところは知らないが、彼自身の怪しさには後退りせざるを得ない。
他の乗客たちとは明らかに違う態度、大きな声、強気の主張。松子夫人と同伴で数回会ったことがあるが、変な人だな、と思っていたのだ。
困ったな。三毛は思った。どうしよう。
だが、老人はそんな三毛の迷いなどお構いなしだった。
「さあ行こうか」
と、ひょいと三毛の首根っこをつまむと、曲げた腕の中にすっぽりと入れてしまった。
三毛はそのまま老人に連れ去られた。
ホテルに入ると、まばらだが数人の客が残っていた。そのほとんどが老人の知り合いらしく、一人ずつ、歩み寄ってそれぞれの言語で話し掛けた。老人はニコニコと、相手と同じ言語で答えた。
「子供でしたね、驚きましたよ」
一人の内気そうな栗毛の青年が小さな声で言った。老人は大いに嬉しそうな顔をした。
「そうだね。この船で子供を見たのは初めてだ。嬉しいことだ。この間は珍しくこの子がやって来たし」
と腕の中でポカンとしている三毛を見せて、
「可愛いお客が多いね。幸せだ」
と笑った。
しかし、青年は顔を曇らせる。
「それほど、陸の不幸が増えたのでしょう。子供や猫が船を必要とするほどに。この船に乗る人々は皆不幸な人ばかりですから」
船の不幸について語る人は自分の不幸を語ろうとしない。三毛はそのことに気付いていた。
全ての人々は子猫の三毛にさえ打ち明けられない。
でも、三毛はその訳が分かる。三毛も、陸での不幸を思い出したくない。
「何を言ってるんだ」
老人は大きな声で、驚いたような声を出した。
「ここは幸せの船だよ。幸せな人が乗れる、幸運の船だ。君はそんなことを思っていたのか」
青年が溜め息をつく。
「そこだけはいつも意見が合いませんよね、僕たちは。僕はあなたのようには考えられませんよ。人々をご覧なさい」
老人は口髭をもぐもぐ動かす。
「そうかね。私にとっては幸せの白い船だよ」
老人は断言した。