子供…甲板・6
沈黙を破ったのは、大砲のような声だった。
「ようこそ! 白い船へ!」
人々は声のする方を一斉に振り返った。少年は泣きそうになりながらそっちを振り返った。三毛はホテルの入り口から真っ白な老人が出てくるのを見た。
老人は、髪も服も真っ白だった。まるっきりこの白い砂糖の船と一体化していた。縮れた長い髭がサンタクロースのようだった。老人は、サンタクロースのような陽気な笑顔で英語の口上を続けた。
「戸惑っているんだね。分かるよ。では、説明しよう。ここは白い砂糖の船だ。君が必要としたとき、乗せてくれる救いの船だ。君はここに招待された。君の持っているその鍵。それは砂糖菓子ホテルの君の部屋の鍵だ。君には部屋がある。そこで自由に過ごせる。君はもう自由なんだよ。船には時間はない。拘束もない。ただ自由があるだけ。君は幸せな子供だ。喜びなさい。さて、ここにいるのは君の新しい仲間だ。仲良く――」
老人のご機嫌な台詞は、少年の金切り声で中断された。
少年は身振り手振りも激しく、何かをわめいていた。目に涙を浮かべ、怒り狂いながら、何かを訴えかけていた。
その場に大勢いた世界各国の乗客たちが、一人としてその言葉を理解していないのは明白だった。老人も口をつぐんで少年を見つめていた。
三毛だけは分かった。
少年は混乱していた。ただ一つの言葉を繰り返していた。
「ここはどこ! ここはどこ!」
ひとしきり暴れてしまうと、今度はぐったりと座り込んだ。手摺に背中を押し付ける。手に持っていた鍵がガチャリと落ちる。
この場の人間全てが途方に暮れていた。辺りは沈黙に押し潰されそうになっていた。
松子夫人が三毛の横からスッと歩き出した。三毛は驚いてその後ろ姿を眺める。
松子夫人は少年の側に立った。少年は松子夫人を見上げる。松子夫人は落ちている銀の鍵を拾って、彫られた飾り文字を読み上げる。
「三〇八二」
そして少年の手をとる。
「行きましょうか」
通じない日本語で話す。少年は怪訝な顔のまま立ち上がろうとはしない。
「さあ」
再度の呼び掛けに、やっと少年は腰を上げた。松子夫人が手を引くと、されるがままについていく。