子供…甲板・3
「三毛、お腹がすいたわ。助けてちょうだい」
繭子が三毛を抱き締める。知ったことではない。三毛は心の中で叫んで目を閉じる。
「やめなさいよ、繭子さん。三毛にいちいち構うのは」
絹子が静かに、どこか遠くを見ながら言う。三毛は意外な気持ちで絹子を見る。
「猫の毛が服に付くでしょう。みっともないわ」
飢えた絹子は本当の姿に限りなく近い絹子だ。三毛はまた目を閉じた。
「そんなのいつものことじゃないの。三毛を抱くなんて」
繭子が眉をひそめて反論する。
「少し黙ってちょうだい……。私、今本当に花が恋しくて辛いのよ」
指でテーブルを叩く音。
「私だってそうだわ。辛いときは三毛と一緒にいたいの」
うろたえた涙声。
「また泣くの?」
「泣いて悪いかしら? ……あ」
三毛はいたたまれなくなって繭子の手を振りほどいて床に降りた。繭子を見ると、裏切られたとでも言うような顔で三毛を見下ろしている。絹子は冷たい顔でそれを見ている。
三毛は急いで逃げた。
走る三毛の背後では、睨み合いの沈黙が続いている。再び三毛は階段に急いだ。
「あら、三毛。今日は賑やかね」
頭上から、さっきの場面とは異次元にあるような穏やかな声が聞こえた。
救いの主。松子夫人。
純白の階段をゆっくりと降りる松子夫人は機嫌良く微笑んでいた。
三毛は彼女が最下段にたどり着くのを待ちきれずに、二、三段、多少おぼつかない足取りで昇る。松子夫人の笑い声。
「何慌ててるの。私が降りるのを待てばいいのに」
三毛のいるところまでやっと降りた松子夫人は、三毛を抱き上げ、ロビーに着いてから床にそっと下ろした。
「外に行きましょう。日射しは強いかしらね?」
当たり前の会話のトーンで足元の子猫に話し掛ける松子夫人は人々の目を引いた。ただでさえ静かなロビーではひどく目立つ。三毛は足早に松子夫人の後を追う。
三毛の「仲良し」の人々が、少し悲しそうにその光景を見る。
恐ろしいことに、繭子は凍りつくような目で松子夫人と三毛を交互に見る。絹子は涼しい顔だ。
様々な視線を浴びながら、三毛は松子夫人と一緒に硝子の壁の外に出た。