子供…甲板・2
「三毛」
若い女が椅子に身を沈めたまま三毛を呼ぶ。三毛は駆け寄る。
腰を越えるほど長い金髪を一つに束ねた彼女は、手慣れた様子で三毛をすくい上げて抱く。茹でた鶏肉が壺の中に入っているのを三毛は見る。
「どうぞ」
かすれた声で差し出された肉を、三毛は遠慮なく頂く。小さな3切れをむさぼるように食べたら、もう何もいらなくなった。
「今日は人が多いわね」
囁き声で落ち着きなく話す彼女は、三毛を更に高く抱く。三毛はそのまま周りを見渡し、その人の多さに改めて驚いた。
人々は各階の回廊にもうろつき、最上階から二階のそれぞれの手摺から身をのりだす彼らの姿は、幾重もの回廊に取り囲まれた吹き抜けのロビーから見れば、大層な迫力だった。
彼らは皆、松子夫人や姉妹のように、何らかの変調を感じとって、こうして「乗客」を待っているのだろうか。
「乗客」が彼らに意味するところのものは何なのだろうか。
本当に不思議だ。いつもなら部屋のドアの隙間から三毛を迎え入れる人々が、こうして賑やかなロビーで声をかけてくる。
三毛は女の腕から降りて、ロビーのあちこちを移動した。三毛の知り合いは、無口な人々の群れの中に何人も入り混じっていた。
「三毛」と何度も呼ばれた。どこからか手が伸びてきて、無言で撫でられた。ある潔癖症の男は、三毛からみるみる遠ざかりながらも嬉しそうに手を振った。
寄り道を繰り返しながらも階段にたどり着き、一段目に前足を載せたとき、
「おはよう、三毛」
と、後ろから優雅な声が聞こえた。振り返る暇もなく抱き上げられた。目の前には絹子の赤く薄い唇。
「あなたも見に来たのね、三毛」
見上げると、繭子の甘ったるい夢見るような目。
三毛は姉妹に捕えられた。
今日は二人ともシンプルな格好をしていた。絹子は青いワンピース、繭子はピンク色のブラウス。派手好きの二人にしては珍しいことだ。
二人は三毛を連れて空いた席に座る。三毛は繭子の膝の上。三毛は困惑するが、逆らって暴れるのも馬鹿馬鹿しいから繭子のすることに従う。
「人が多いわね」
憂鬱そうな絹子。
「どこから湧いて出たのかしら」
心底困ったような表情の繭子。
「馬鹿馬鹿しいわね。ぞろぞろと」
「そんなに新しい客が珍しいのかしらね」
「それより花よ。花を買わなきゃ」
「飢えて死にそうだわ」
繭子は深いため息をつく。二人はいつもより余裕がない。薔薇のお茶だけでは、植物園の雑草だけでは足りないからだ。
「船、早くつかないかしら」
「ああ、早く、早く」
繭子が半分涙声で、誰かに訴える。絹子はイライラと指でテーブルを叩く。三毛はここから逃げ出したくて仕方がない。