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砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第一章 船の人々
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船の人々…二〇五五号室・6

 三毛はそれだけは出来なかった。夜は三毛の時間だ。存分に走り、跳び、遊ぶ時間。それを阻まれることには我慢がならなかった。

 三毛は、ドアノブを掴んだ松子夫人をじっと見つめる。松子夫人が困った顔で見つめ返す。

「……分かったわ、三毛。私にはあんたを拘束する権利はないわ」

 諦めた声でドアを開ける。三毛が滑り出る。

「明日、新しい乗客が来るときは一緒にいましょうね。ここにしては珍しく、あちこちが込み合うのよ。じゃあね。おやすみ」

 三毛は挨拶がわりに松子夫人の顔を見上げる。

 松子夫人はにっこり笑ってドアを閉めた。パタン、という静かな音の後には、三毛と、薄暗い空っぽの廊下が残った。

 

 三毛は、チョコチョコと走りながら階段へと急いだ。

 先客がいた。

 銀縁眼鏡の男が、カナリヤの籠を提げて下のロビーに降りていく所だった。

 カナリヤが三毛を見たが、猫を目にしたというのに止まり木の上で落ち着き払って立っていた。お陰で騒がれずに済んだ。今男に見付かったら、彼のことだ。三毛に酷い仕打ちを加えるだろう。

 三毛は、男の後をつけたくなった。

 男の頭が手摺の隙間から見えなくなったのを確認し、そうっと階段に近付いた。階段を見下ろす位置に着いたとき、少しどきりとした。男が提げている籠の中のカナリヤがまだ三毛を見つめている。

 警戒しているのだろうか。ならば厄介だ。

 三毛が思い悩んでいると、カナリヤは体の向きを変えて前を見た。――興味を失ったということだろうか? 何にしても、ありがたい。

 猫の歩き方は尾行に向いている。足音が立たない。動きが素早い。三毛は子猫ながらも中々うまく男をつけた。

 男は何も気付かない。ゆっくりと階段に足を踏み下ろし、曲げた右腕に持ったカナリヤの籠を揺らさないことに集中している。

 男は階段を降りきった。少しして、三毛も最後の段から飛び下りた。男は広いロビーを抜け、ホテルの出入り口に真っ直ぐ向かっている。

 無人のロビーは灰色だった。明かり取りの窓は明るい月明かりを通し、床に白い水玉模様を作っていた。

 三毛はこんな夜にロビーや廊下を走り回ればどんなに楽しいだろうと思った。


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