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砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第一章 船の人々
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船の人々…二〇五五号室・4

「あんたが部屋に侵入する? 厳重に匿われた小鳥をわざわざ殺しに行く? ひどい妄想だわ! あの男はノイローゼよ!」

 三毛も松子夫人に同意だ。

 見ず知らずの小鳥になんか興味はない。あの男の部屋にも興味はない。それに三毛はあの男の部屋に小鳥がいることすら知らなかった。ドアごしに、低い男の話し声が聴こえることはあったが。

「三毛?」

 松子夫人がふいに優しげな声に戻った。三毛の顔をじっと見ている。

「一生懸命抗議したけど……、うまく行かなかったわ。ごめんなさい。あんな男の言うことなんて問題じゃないわ。これからも私のところに遊びに来てちょうだいね」

 指で三毛の首をくすぐる。三毛も優しい気分になった。

 やっぱり松子夫人が一番好きだ。三毛は嫌な想像から完全に解き放たれた。

「あの男はね、私より五十年も前にこの船に乗ってきたの。詳しくは知らないんだけどね。おじいさんが教えてくれたの」

 おじいさんとは、松子夫人の唯一の三毛以外の話し相手の老人である。一体いつからここにいるのか分からない。かなりの高齢で、ベッドに寝ていることの方が多いから、三毛も一、二回しか会ったことがない。

「鳥籠と、一羽のカナリヤと共にやって来たの。その時から神経質で、ロビーに姿を表すと、眼鏡の奥からあの灰色の冷たい目でホテルを見渡したのよ。おじいさんは普通の乗客とは違うの。とても社交的で陽気な人なのよ。あなたも知ってるでしょう? それで、おじいさんはあの男に話しかけたの。あの長い白髭を一撫でして、『白い船にようこそ! あなたは私の新しい仲間。仲良くしましょう』と言って、握手を求めたの。あの男、うさんくさそうにおじいさんを見て、その手を無視したのよ。ひどいでしょ。それでもおじいさんは平気な顔で名前だとか、出身地だとか、色々尋ねたの。それも無視されたわ。男はカナリヤのことばかり見ていたの。最後にと、男が提げてる鳥籠の中のカナリヤを覗き込んで、話しかけてみたの。『こんにちは。初めまして』。それだけ。すると、男が急に怒り出して、『彼女に触るな! 彼女に話しかけるな!』と怒鳴ったんですって。おじいさんはそれでやっと諦めて、男と仲良くしようとするのを止めたの。この船ではおじいさんは特別な人だわ。明るくて親切で。あの男とも友達になろうとしたのよ。でも色々話しかけてみて、今までの長い経験から、彼が他人を全く求めていない、船の多くの人の一人だと分かったのよ。結局、彼のことは何も分からなかったわ。でも、『彼女に触るな! 彼女に話しかけるな!』っていう言葉の発音で、彼がイギリス人だと分かったの。彼は二〇五五号室に入って、今でもそこにいる。私もよく見るけど、彼は部屋から出るときはいつもカナリヤを連れてくるのよ。ひどく大人しい黄色いカナリヤ。まるで恋人のように話しかけるの。見つめて、微笑んで。そう、あの男、カナリヤに話しかけるときだけは笑うのよ。カナリヤに恋してるのよ」


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