船の人々…二〇五五号室・3
「三毛は私の部屋に勝手に入ってくる。でもこれは私が三毛にいつでも入っていいという無言の許可を与えているからよ。そうじゃなきゃ入ってこないわ。三毛はテリトリーというものを分かってるから。あなたの部屋に入っちゃいけないことくらい、三毛は分かってるし、入って行きはしないわよ」
松子夫人は語気荒く言った。三毛はこれほど熱心に三毛の味方をしてくれる松子夫人に感謝した。嬉しくてたまらない。
しばしの沈黙の後、男は静かに、響く声で言った。
「猫は鳥を襲いますよ。勝手に人の部屋に入ります。あなたの猫を部屋から出さないで下さい」
急に、三毛の体ががくんと落ちた。松子夫人が勢いよく階段を降り始めたのだった。
「お話にならないわ! 人の話を一つも聞いてないじゃない」
松子夫人は、踊り場を乱暴にぐるりと回り、男の立つ二階の回廊へと突進した。三毛の首はがくがく揺れた。すれ違うとき、男が何か言おうとしているのが見えたが、松子夫人はお構いなしに横を通りすぎた。そのままずんずんと廊下を歩き、部屋のドアをバタンと開けて中に入り、バタンと閉めた。
「やっぱり外国人は嫌い」
部屋に入るなり落ち着きを取り戻した松子夫人は、長い溜め息をついた後、気の抜けたようにそう呟いた。
円い広間に入り、ひしめく彫像の森を抜けて、部屋の中央に並ぶソファのひとつに腰を降ろす。三毛は久しぶりに松子夫人から離れて、隣の椅子に横たわった。
眼鏡の男との英語での論争は、松子夫人をくたくたに疲れさせるのに十分だった。
「私、英語が苦手なのよ。三毛」
三毛に目をやる。
「彼に合わせて苦労して喋ったのよ。でも全然話が通じてないんだもの。私の言葉が分からなかったってことかしら? しばらく英語なんて話してなかったものね」
さっきとはうって変わった弱気な声だった。
そんなことはない、と三毛は思った。三毛は人の言語やジェスチャーに頼らない分分かる。あの男は松子夫人の言葉を理解していた。
考え込んでいた松子夫人が、少し眉をひそめた。
「そうじゃないわね。私、英語は苦手だけど下手じゃないわ。あのイギリス人、やっぱり初めから私の話を聞こうとしてなかったのよ」
怒りが蘇る。