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砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第一章 船の人々
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船の人々…二〇五五号室・1

 せっかくの植物園は、あまり楽しいものにはならなかった。

 三毛は松子夫人に抱かれ、草の上、絨毯の床の上を歩く松子夫人の体の揺れが体に伝わってくるのをぼんやりと認識しながら、植物園を離れていった。あれほどに輝いて見えた植物園は、今ではちゃちな人工物にしか見えない。

 松子夫人が三毛の頭をポンポンと軽く叩く。

「三毛、元気ないわね。私の部屋に行って、休みましょうね」

 松子夫人に感謝する。親切な彼女。松子夫人には本性などない。そうであってほしい。

 三毛は力をすっかり抜いて松子夫人に体を委ね、虚ろな目で視界にあるものを捉える。壁、壁、壁。白、白、白。壁のうねり。丸みがかったやけに小さなドア。ドアの隙間から三毛を覗く目、目、目。

 三毛はこの白い船の多くの人の視線を集める。他人に興味を示さない彼らの多くが、三毛にだけは何かを期待している。

 一体、何を?

 三毛は、また考えようとする頭を無理矢理におさえつけた。空っぽの頭で壁の終りを見、細工の少ない回廊の白い手すりを見た。最上階は一番ホテルの天井が近い。植物園ほどでもないが、いくつも開いた明かり取りの丸い窓が目に入る。キラキラ輝く細い太陽光の筋は、遥か下の無人のロビーを曖昧な水玉模様に染めあげている。三毛は少し、このホテルの住人がいとおしくなった。

 哀しい彼らが三毛を求めるのは、寂しいからだ。

 「仲間」である互いを求めることはないのに、彼らと異質な三毛を見つめる住人たちは、三毛をおもちゃとして見ているかもしれない。しかし、軽々しく扱われるおもちゃとしての三毛に話しかけたがる彼らは、おもちゃ以上のものには興味を持てないほどひとりぼっちなのである。

 三毛は少し気分が軽くなってきた。

 三毛はおもちゃだ。だけどひとりぼっちの人々の話し相手になれる。

 三毛は、踊り場をいくつも越え、ぐるぐると階段を降りていく松子夫人の動きと共にぐらぐら揺れながら、羽のように軽くはないが、石のように重くはない今の心を無心に見つめていた。

「すみません、ちょっと」

 低い男の声で現実に引き戻された。二階に降りる階段の踊り場に差し掛かろうとした時だった。

 男は二階にいた。昼に会った銀縁眼鏡の男だ。

「何か?」

 久しぶりに聞く、松子夫人の人間との会話。やや緊張した面持ちだ。男も同じようすである。


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