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砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第一章 船の人々
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船の人々…植物園・4

 三毛は、遠くに見える松子夫人の背中を見た。立ち止まり、考える。

 今までの、誰かのおもちゃとしての三毛の人生について。

 三毛は三毛として行きることを許されず、誰かを慰め、楽しませながら今日までの日を過ごしてきた。子猫としての三毛の日々はとても短いが、とてもめまぐるしかった。それは三毛がおもちゃであるがゆえで、逃れようにも逃れられない運命だった。おもちゃで無ければ避けられたいくつもの出来事を思い出した。

 三毛は思う。おもちゃでありたくないと願ったからこそ、自分はこの船にいるのではないか? では、なぜ三毛は乗客たちの遊び相手になっているのだろう? 誰とも接触しようとしない、松子夫人のような、絹子と繭子のような、ドアの隙間から三毛を招き入れる一人ぼっちの乗客のような人々のおもちゃに?

 三毛は絹子と繭子のあの浅ましい姿を思い出した。人には本性がある。松子夫人もそうだろうか?

 新しい猫がほしい、という姉妹の会話を思い出した。松子夫人もそう考えているのだろうか?

 三毛はしょんぼりと頭を垂れた。松子夫人のところには、何と無く戻り辛かった。松子夫人だけではない。三毛に優しくしてくれる、ホテルの人々にもよそよそしい感情を抱いた。今まで自分の皮膚のように居心地の良かったこの船は、急に物質としての無機質な姿を三毛に見せ付けた。三毛は、船から降りたい、と思った。どこにいっても三毛はおもちゃだ。なら船にいてもおんなじだ。陸に着いたら船を降りて、おもちゃとしての人生を流されるままに受け入れてやろう。

「三毛! 何してんの。植物園にもう飽きちゃったの?」

 声が降ってきた。松子夫人がすぐそばにやってきていた。三毛は座り込んで、うつむいていた。

「どうしたのよ。具合が悪いの?」

 松子夫人の手が、そっと三毛の小さな背中に触れる。暖かかった。三毛は突然寂しくなって、ミイ、と鳴いた。目が熱くなった。

「あらまあ。具合いが悪いの。じゃああっちに行って休みましょう」

 松子夫人は三毛を抱き上げて、元いた丸太のベンチに連れていった。座って、三毛を膝に乗せた。三毛は緊張した面持ちで松子夫人を見上げた。

「あんまりあちこち行くのをやめて、ちょっとおとなしく休んどきなさい」

 松子夫人は三毛の顎を指で撫でた。三毛はクルクルと喉をならした。ほっとして、胸が温かくなった。

 松子夫人は三毛に優しくしてくれる。でも、実は三毛にとっては悲しい本性があるのかも知れない。三毛のことをいつも待っていてくれて、見守ってくれる。でも、自分のおもちゃとして見張っているのかもしれない。現に今日の昼、「あんたはあたしのもの」だと言っていた。


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