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砂糖細工の船
砂糖細工の白い船は、今太平洋をゆっくりと北に向かって縦断している。風は緩やかで、赤道直下の太陽は力強い。砂糖が少し焼けて、甘い臭いが船全体に漂う。
ロビーには藍のドレスを着た絹子がいる。絹子は椅子に座って、ぼんやりと黄色いカナリヤを眺めている。カナリヤの飼い主は絹子に取られてしまったその席を、困ったように見ている。
「あの……」
「何よ」
絹子が高慢に睨みつける。
四〇一三号室の細長いドアの向こうで、老人は目を閉じていた。夢を見ているかのように。やがて、瞼が開く。老人は高い鼻を動かして、ふう、と息をついた。心地よい夢を見ていたかのように。
「マツコ、私もいつかここを出て行くよ」
そう呟くと、老人は安心したように目を閉じた。また夢の世界に飛び立つために。
部屋は再び静けさを取り戻した。
《了》
最後までお読みいただきありがとうございました。
2011.4.10.花木静