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砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第一章 船の人々
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船の人々…植物園・3

 絹子は花を根本からむしって、頭から大きく開いた口に押し込み、むしゃむしゃとそしゃくしていた。繭子はすみれの頭を次々に摘み取り、一つ残らず口に放り込んでいた。姉妹は獣のような食欲で花を食べた。地べたを這いずり、花を探し回る姿はとても美しいとは言いがたかった。何か不気味で、奇妙だった。

 三毛や他の客がいる場では見せない、姉妹の姿。絹子と繭子はいつものゆったりした動作を打ちやって、乱暴な仕草で草をむしって食べた。もう花びらも葉も関係ない。地面を離れた草花は、次の瞬間には絹子の口に入り、繭子の喉を通った。二人の周囲に散った植物の死体。徐々に見えてくる黒い地面。

「ああ、お腹がすいた。お腹がすいた」

 絹子が口調だけはいつもの通りにつぶやく。

「絹子さん、あなたさっきとは少し態度が違うんじゃないかしら?」

 繭子はもう食べるのはやめて、ゆるりと草の上に座って言う。

「私、どんな風だったかしら?」

「お茶と香水だけで足りると、そう言っていたでしょう、あなた」

 浴衣の裾についた泥を払う。

「ええそうね。そうしようと思えば出来るわよ」

「あなた沢山食べるから、それは無理よ」

「あら、花がなくなってしまったと、涙を流していたのは誰なの」

「それは……」

「ああ! いくら食べても足りないわ。あなたよくあれだけで満たされるわね」

「もう食べたくないだけよ。私やっぱりお茶の方がいいわ。野花だと、なぜこうも満足出来ないのかしら」

「野花は美しくないからだわ」

 絹子はハンカチで口許を押さえる。真珠色の絹のハンカチには緑の染みが転写された。

「私達は美しいものしか受け入れられないわ。そうでしょう、繭子さん」

 絹子はいつのまにかいつもの絹子に戻って、あの神秘を帯びた空気を身に纏っていた。繭子は首をかしげる。

「野花なんて、何も食べていないも同然だものね。辛いわ。薔薇が食べたいわ」

「もうすぐよ。私分かるのよ。こんなに空腹になるときは、もうすぐ新しい乗客がやってくるしるしなの。陸に着くのだわ」

 絹子が艶然と微笑む。

「私も陸に近付くときは、花の香りが恋しくなるの」

 繭子もにっこりと笑う。

「絹子さん、あなたどんな人が来ると思う?」

「どうでもいいわ。それより花よ。部屋一杯になるまで買いましょう」

「私もう一匹猫が来てくれたら良いと思うの」

「それは良いわね。あなたのお相手役が増えるわ」

「シャム猫がいいわ」

 と、繭子。

「私はペルシャがいいわ」

 と、絹子。

「どうなるかしら?」

「楽しみね」

 三毛は、楽しそうな二人のおしゃべりを後に、そっと森を出た。もやもやとした感情を抱えて。


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