船の人々…植物園・3
絹子は花を根本からむしって、頭から大きく開いた口に押し込み、むしゃむしゃとそしゃくしていた。繭子はすみれの頭を次々に摘み取り、一つ残らず口に放り込んでいた。姉妹は獣のような食欲で花を食べた。地べたを這いずり、花を探し回る姿はとても美しいとは言いがたかった。何か不気味で、奇妙だった。
三毛や他の客がいる場では見せない、姉妹の姿。絹子と繭子はいつものゆったりした動作を打ちやって、乱暴な仕草で草をむしって食べた。もう花びらも葉も関係ない。地面を離れた草花は、次の瞬間には絹子の口に入り、繭子の喉を通った。二人の周囲に散った植物の死体。徐々に見えてくる黒い地面。
「ああ、お腹がすいた。お腹がすいた」
絹子が口調だけはいつもの通りにつぶやく。
「絹子さん、あなたさっきとは少し態度が違うんじゃないかしら?」
繭子はもう食べるのはやめて、ゆるりと草の上に座って言う。
「私、どんな風だったかしら?」
「お茶と香水だけで足りると、そう言っていたでしょう、あなた」
浴衣の裾についた泥を払う。
「ええそうね。そうしようと思えば出来るわよ」
「あなた沢山食べるから、それは無理よ」
「あら、花がなくなってしまったと、涙を流していたのは誰なの」
「それは……」
「ああ! いくら食べても足りないわ。あなたよくあれだけで満たされるわね」
「もう食べたくないだけよ。私やっぱりお茶の方がいいわ。野花だと、なぜこうも満足出来ないのかしら」
「野花は美しくないからだわ」
絹子はハンカチで口許を押さえる。真珠色の絹のハンカチには緑の染みが転写された。
「私達は美しいものしか受け入れられないわ。そうでしょう、繭子さん」
絹子はいつのまにかいつもの絹子に戻って、あの神秘を帯びた空気を身に纏っていた。繭子は首をかしげる。
「野花なんて、何も食べていないも同然だものね。辛いわ。薔薇が食べたいわ」
「もうすぐよ。私分かるのよ。こんなに空腹になるときは、もうすぐ新しい乗客がやってくるしるしなの。陸に着くのだわ」
絹子が艶然と微笑む。
「私も陸に近付くときは、花の香りが恋しくなるの」
繭子もにっこりと笑う。
「絹子さん、あなたどんな人が来ると思う?」
「どうでもいいわ。それより花よ。部屋一杯になるまで買いましょう」
「私もう一匹猫が来てくれたら良いと思うの」
「それは良いわね。あなたのお相手役が増えるわ」
「シャム猫がいいわ」
と、繭子。
「私はペルシャがいいわ」
と、絹子。
「どうなるかしら?」
「楽しみね」
三毛は、楽しそうな二人のおしゃべりを後に、そっと森を出た。もやもやとした感情を抱えて。