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姉の婚約破棄で一家離散となりまして。〜今日から魔王城で婚活を始めることになりました〜

掲載日:2026/08/20

「よって、ここに婚約破棄を宣言する!」

 

これは私の婚約破棄ではない。

私の姉の婚約破棄だ。

 

壇上に上がる皇太子とその隣に見目麗しい令嬢が立っている。二人の前に膝から崩れ落ちたのが私の姉リリーだ。


ふと、この光景をよく知ってる展開だなと他人事のように思った。どこで見たんだろうと考えを巡らす。

 

(そうだ、見たんじゃない。たくさん読んできたんだ!)

 

その瞬間、私ミリアは前世の記憶を思い出した。

私は日本で婚約破棄される系ライトノベルとこれでもかと読み漁っていた。


このジャンルは読み終わった後の爽快感が癖になる。社畜として日々鬱憤を溜め込んだOLの私には特に刺さるものがあった。

 

そんな私は思う。

姉はどう見ても皇太子の隣にいる令嬢に謀られたのだと。


これは自身の姉だから言えることだけど、彼女には他人を陥れるなんて行為がそもそもできない。性格的にも向いてないのだ。


「私は無実でございます!!」


そう心から叫ぶ姉。

前世を思い出して一番最初に思ったのは、「だろうな」である。

 

彼女は昔からぽんやりしてる。

これは私の偏見まじりの姉妹あるあるだと思うのだが、姉妹二人ともが聡明であることはまずないと思っている。

 

どっちかはのほほんとした性格。

どっちかは考えすぎる性格をしている場合が多い。


私の統計では、意外と姉の方がのほほんとしている確率の方が高い。これは妹は姉の失敗を見て育つからだ。

 

妹は姉の失敗からそれを回避する術を身につける。要は姉を反面教師にして育つ。我が道を行く姉は、良くも悪くもマイペースになりやすいんじゃないかと、個人的には思っている。

 

この貴族社会はよりそれが顕著に思う。

ちゃっかり末っ子の特権を味わい失敗しない。要は妹の方が要領が良いのだ。


故に我が家も例に漏れず、姉がぽんやりしている。

 

よく言えば何事にも動じない。

悪く言えば何にも考えていない。

その日暮らしの性格である。

 

どう考えても次期王妃の器じゃない。

今じゃなくてもどこかでこの結果になっていただろう。


姉は嫉妬に狂い、公爵令嬢を階段から突き落としたらしい。

 

向こうは骨を折る重体。

相手が男爵家であればここまで話は大きくならなかっただろう。

 

相手が悪かった、宰相の娘だ。

公爵令嬢に因縁を付けられたのが良くなかった。


姉は婚約破棄の上、国外追放。

家は伯爵の地位を剥奪の上、取り潰しが決定した。


一家離散である。

さて、どうしたものか。


物語ではこういう場合、よくも姉を嵌めてくれたなと、公爵令嬢と皇太子に復讐をするところなのだろうが……。

 

いや、無理だろう。

姉よ、私はそんな家族想いではないし野心もないのだ。

 

あと宰相の娘に頭脳で勝てる気がしない。

現実なんてこんなもの。

なんて理不尽、不条理の温床だ。

 

ざまぁ展開?

んなもんできるはずないだろう。

小説の読みすぎだ。現実をみろ。

 

隣にいる両親なんて「ああ……、うあ……」しか言えない木偶の坊に成り下がっている。こんな家族にファンタジーな展開は期待しないでほしい。


うん、無理だ。

次の案を思考しよう。


我が家族四人を乗せた帰りの馬車は、お通夜ムード一色だった。そりゃそうだ。

 

姉が国外追放されるまであと五日。

家を明け渡すのが七日後。

それまでに準備をしろと帝からのご命令だ。


「こうなったら家族揃って隣国へ引っ越そうか!」


父が呑気に声を上げた。

姉の性格は確実にこいつから遺伝したのだと一発で分かる脳天気さ。


「そのお金はどこにあるのです?」


母はギロリと睨みを効かせる。

そう。うちにはもう金がないのだ。

 

うちは元々鉱山からの資源で生計を立てていた。

今やその権利さえ没収。

使用人たちに今までの給金の支払いやらを済ませると小袋程度の銀貨しか残らない。

 

そんな状態で隣国へ引っ越し?

姉の分はいいとして残りの三人分の隣国へ渡る渡航費用がまずない。


「そ、それはお前の実家から…………」

「私の家は前にあなたが商売で失敗した時、肩代わりしてくれた借金があるではありませんか。これ以上の支援など求められるはずがないでしょう。」


黙る父。

ごめんなさいと謝り続ける姉。

広がる重い空気。

四人ともが察した。

 

これは……、詰みである。


もはやなにから対処すべきなのかも分からない。

帰路に着いた私たち家族は一旦、自室のベッドで就寝した。

 

朝目覚めたら全部夢だったらいいな、なんて考えながら……。


  

翌朝。

母の実家から借金を返せと取り立てがやってきた。


詰みである。


その日のうちに父親が連れ去られた。

多分漁船行きだ。

さらば、父。


さらに翌日。

今度は母に辺境伯から乳母として働けとお達しがあった。

 

これには流石に三人で抱き合って泣いた。

聡明な母がこの家から出ていけばもう終わりだ。

使用人の推薦状を書き終えた母が私と姉に一つずつ隠しておいた金貨をくれた。


「これでどうにか生き延びなさい」


また会えるとは言わなかった。

やはり母は聡明だ。

 

残された数日で知識を詰め込めと二人にそれぞれ必要な本を残して屋敷を去って行った。


姉には、『サバイバルにおける気持ちの整え方』

私には、『何事も顔より性格で判断した方が上手くいく』


なんだろう、母よ。

ここにきて根性論ではどうにもならないと思う。っていうか、私の本おかしくない!?


さて、姉妹たった二人が無駄に広い屋敷に取り残された。

姉はあと三日。

私はあと五日でこの屋敷を出て行かなくてはならない。


姉は最初こそずっと泣いていたが、ここまで来るともう開き直ったようだ。母が用意した本を眺めながら窓を掃除して、「意外と簡単ね」と真顔で言っていた。


「私、掃除向いてると思うの。」


なんてポジティブに笑っている。

我が姉ながらそういうところは見習いたい。

 

といっても姉は昔から手先が器用なのだ。

上手くいけば隣国でメイドとしてやっていけるのではと私は思っている。だから私は心を鬼にして窓枠をなぞる。


「ここ、まだ埃が残っているわよ」と。


姑ムーブをかましておく。

これは決して嫌がらせなんかではない。


私も家族も最初から姉を責めるつもりはない。

どっちかというと姉は被害者なのである。

国に搾取された可哀想な人だ。

愛した人を失い、家族を失う。

そんな人間を責め立てるほど、私たち家族は落ちぶれていない。


「ミリア、私のせいで貴方の婚姻までダメになってしまって。本当にごめんなさい。」

「気にしないで、姉様。元々、好きじゃなかったもん。」

「そうなの?」

「ええ。顔が好みじゃないの。」


私は面食いだ。

金を持っていたから妥協していただけ。

別に破談になっても後悔はない。

 

むしろ、この一件で婚約を即日破棄してくるクズ男だと知れてよかったと思っているくらいだ。


「そんなことより姉様、ここ汚れてる。」


私は前世のドラマで見た知識を存分に活かして色んな所を指先でツーっとやった。姉は私の態度にのほほんと笑って雑巾を渡してくる。目には物言わぬ圧があった。

 

流石は元皇太子の婚約者。

それ以降、指先ツーは止めてあげることにした。


「リリー嬢、時間だ。屋敷から出てこい!!」


残された時間はあっという間に過ぎていき、ついに姉の国外追放の時がきた。

 

迎えには王国騎士が直々に馬車を走らせてやって来た。

姉が逃げないように見張りのつもりなのだろうが、なんとも物々しい。


「時間だ、さっさと乗れ!」


口調は厳しく冷たい。

これではまるで罪人を乗せていくみたいじゃない。

 

…………そうか、罪人だった。


いやいや。騙されただけで姉は罪人ではない。

頭をブンブンと横に振って、できればほんの少しの温情をかけて欲しいと口添えした。


「いや、お前も乗れ。」

「…………は?」


なんで私も?

私は何にもしていないのですが!?


旅行バッグを握りしめた姉とは違い、質素なドレス一枚の私を騎士様は無理矢理馬車に詰め込んだ。姉と二人カタカタと震えながら肩を抱き合う。


「こんなこと言っちゃいけないけど、ミリアも一緒で心強いわ。」


なぜか顔を赤く染める姉。

握られた手の力が異様に強かった。

 

「こんな時までのほほんとしないでよ!?」


この女、私を道連れにするつもり満々なんだけど!!


「大丈夫。母様が残してくれたサバイバル本は熟読しておいたから。」

「それ、根性論だから役に立たないよ。」

「………………」


しまった。本当のことを言ってしまった。

私は思わずニコッと笑う。


「姉様、手を離して。痛いわ……」

「………………」

「姉様!? やめて!! 私の手を離してっ!!」

「………………」

 

私がどんなに叫んでも、馬車の扉が開くまで姉は決して手を離そうとはしなかった。


 

「さっさと降りろ!」


仰々しく開かれた馬車の扉。

恐る恐る顔を覗かせると、広がる光景に目を丸くした。


「なんで、王城…………?」


私たち姉妹が連れられて来たのはまさかの王城。

国外追放じゃない!!


二人して手を取り合い喜んだ。


「もしかして、私の疑いが晴れたのかも!!」


姉がはしゃぐ。私もそう思わずにはいられない。

じゃないと私が連れてこられる意味がないもの。

 

ただ一つ、心配はある。


「姉様。もし疑いが晴れたらまた、婚約するの?」


もし疑いが晴れたとしても、これが序章なる可能性が高い。女の戦いはいつでも泥沼だ。

また同じことが繰り返されるに違いない。そんな中でまた姉が傷つくのは見たくない。できればこれを機に次期王妃は諦めてくれれば良いと私は思っている。


「あの浮気男と婚約? 二度とするわけないでしょう。」

「あ………………、そう、です、よね。」


姉のような人が怒ると世界一恐ろしい。

私はそれ以上なにも言わず、騎士に案内されるがまま歩き続けた。

 

入り組む廊下を歩き続けた先、一室に案内された。

部屋を見るなり、姉の表情がより一層厳しくなる。

なにか思うところがあるのは明白だが、開かれた扉の先にいた人物を見て、駆け出さずにはいられなかった。


「お、お母様!!」


三日振りの再会だ。

私たち三人は王城であることも忘れて抱き合った。

因みに母の隣には父もいた。


「どうして二人がここにいるのですか?」

「それが…………」


気まずそうに首を傾げる父。


「姉様の疑いが晴れたのではないのですか?」

「ミリア、おそらく違うわ。」


なにも知らない私となにかを察した姉。

こういうところで私は三つ上の姉に敵わない。


「リリーの言う通りだ。すまないと思っている。」


嫌な予感だ。

父の「すまない」はいつも碌でもない。

盛大に息を吐いた父がこちらを見上げて言う。


「お前たち二人のどちらかに、魔王城へと嫁いで欲しいんだ。」


魔王城と言う言葉に肩がぴくりと跳ねた。

魔国と人間国は長らく冷戦状態が続いている。


遥か昔は、物語でよくある勇者を派遣して魔王を倒すみたいなブラック社畜みたいなことをしていた我が国。

ただ、今の魔王に成り代わって以来、魔族の中でも改革がなされていると聞いている。

 

現に冷戦となったのはかの魔王の計らいがあってこそ。

今こそ両国は歩み寄りを決意した。

そこで行われるのが手っ取り早い結婚だ。

 

強い結びつきを国民に知らしめるにはこれ以上ない演目なのである。両国は一人ずつ花嫁を送り、結婚させてしまえとなったらしい。


「その話がどうして私たち姉妹に飛び火してくるのよ?」


私の疑問と不平をそのまま口にした。


「今の皇族には女性がいないからです。」


疑問に淡々と答えたのは、対面の席に座る男。

その顔を見た瞬間、背筋が凍りついた。

 

「……このシナリオは、宰相様の描いた通りですか?」


キッと睨むがまるで相手にされない。


「大方は道筋を辿っていると言えましょうな。」


モノクルを鼻にかけ直し、顎を突き出して笑みを浮かべる宰相様。なんて古狸クソ野郎なのだ。


「いや、最初は我が家の大事な一人娘にこの話が来ましてね。もうほんと、国王ぶっ殺してやろうかと思いましたよ。」


宰相の隣には書記がペンを走らせていると言うのにこの言い草。それもそのはず、魔王城は魔族の国。


人間とは全く違う種族が住まう場所。

こちらの理が全く通じない未知の国と言える。

そんな国に誰が娘を差し出したいと言う?


答えは否だ。


国随一の頭脳で娘の為ならなんでもするモンスターペアレントの古狸がそれを許すはずがなかった。


「ただ、残念なことに。誰かのせいで娘は足を骨折してしまいましてね。この話は誰かにお譲りしないといけなくなったんです。」


古狸は被害者ヅラを崩さない。

 

唐突な婚約破棄。

国外追放という重すぎる罰。

一家離散の危機。


そういうことかと理解した。

嵌められたのは姉だけじゃなかった。

私たち一家全員がこの国の宰相に嵌められたんだ。


この男、自分の娘を守るために伯爵家を一つ潰しやがった!!


なんて非道!!

なんて理不尽!!


「そこに、私の可愛い娘を傷つけた犯人とその家族が一家離散の危機だとお聞きしましてね。」


よくもまぁ、次から次へと嘘を並べられるものだ。


「それになんと、その家族の一人は王妃教育の済んだ見目麗しい娘ではありませんか!!」


モノクルから覗く視線は明らかに姉に向かっていた。

笑顔ではある。抑揚のある楽しそうな声色だ。

なのに、恐ろしくて足がすくむ。


「適任ではありませんか。」


静まり返る室内。

空気が重い。息をするのがやっとだ。

仕事を納品し終えた定時五分前にミスが発覚した社畜時代の修羅場みたい。


「わ、私がいけば、爵位剥奪は免れるのですか?」

「姉様!?」

「ミリアは黙っていなさい!」


庇うように握られた手が震えていた。


「私が口添えをお約束いたしましょう。」


話が早くて助かると、満面の笑みを浮かべる古狸。

全てが彼の手のひらの上。


表面上、姉は国外追放。

その実は生贄同然で魔国に送られることになる。


この古狸は、国は、姉を一方的に婚約破棄しておいてまだ使い潰そうとしている。


ああ、なんて不愉快なんだろう。

なんて腹立たしいのだろう。


「私は、一家離散でも結構ですよ。」


偉大なる母は背筋を伸ばして座り、真っ直ぐに宰相を捉えていた。


「残念ながら我が家門はどなたかの策略に嵌ったようで今や爵位と資金を失い平民です。私はもう貴族に未練はありません。娘らとは離れ離れになりますが、図太い雑草のように育てております故、どんな環境でも生きていけるでしょう。全く、心配しておりません。ですので、宰相様の口添え程度のお約束で娘を売り飛ばすようなことは致しません!!」


礼儀にうるさい母がテーブルを叩き、立ち上がった。

声を荒げる勇ましい姿は歴戦の戦士のよう。


さっきまで込み上げていた私の怒りは一瞬で収まり、感動で胸がギュッとなった。姉に握られた手を一層強く握り返す。


「……いやはや、夫人がこんなに勇ましい方だったとは。」


それに比べてと言いたげに古狸は父を見た。

お前も同じ意見かと、目が言っている。


「あはは……」


なんで父はここで照れてるだけなのよ!?


これだから漁船行きなのだ。

使えない父に愛想をつかせ、古狸を見る。

彼の表情は全然諦めていない。


というか、これは交渉であって拒否権はない取引なのだろう。


だって、姉はどう足掻いても国外追放からは逃れなれない。最悪、追放したと見せかけ攫って魔国に送り込んで仕舞えばいいのだから。

こうして交渉の席を用意したのは宰相なりの罪悪感か。姉に逃げられないと知らしめるためなのか。この男に限っては絶対に後者だなと私は思う。


これは……、詰みである。


残念ながら、宰相の手の上で踊るしかない。

ならば、その先を考えよう。


どうしたらこの古狸を一杯食わせてやれるか。


私には家族を守り抜いてやるという気骨はない。

野心もない。

でも、負け越すのは好きじゃない。

 

ほんの少し、あの古狸の頬に泥ぐらいかけてやろうじゃないか。


「では、私が嫁ぎます。」


皆が私を見た。

古狸なんて、矮小な小動物を見る目をしていた。

お呼びじゃない、と。皮肉混じりのため息を漏らす。


「ミリア、何を言っているの!?」


慌てて手を引く姉を宥める。

私だって考えもなしに言ったことではないのだ。前世の記憶が戻った今、この決断が一番良いと判断してのこと。


「宰相様、条件があります。」

「ほほー……、聞きましょう。」


古狸の言い方からして、素養がある貴族の娘なら誰でも良いのだろう。姉が有料物件だからちょうどいいのだ。なら、それぐらい阻止してやる。

 

「爵位剥奪の撤回。それから姉に非はなかったと認め、国外追放も撤回してください。」

「それはまた随分と大きく出ましたな。」

「……ご令嬢の足の骨折。あれ足の指でしたよね?」


微かに宰相のモノクルが動いた。


「婚約破棄された時に皇太子様が朗々とおっしゃていました。姉がご令嬢を階段から突き落とした、と。でもおかしいです。」

「…………なにが?」


地鳴りのように低い声が部屋を支配する。

母の勇ましさが霞む。脅迫に近い唸り声みたいだ。

下手なことを口にすれば私の頭が地に落ちる。

そんな感覚がヒシヒシと肌から伝わってくる。


「なぜ、足の指の骨だったのでしょう。」


ここで怯むなと自分に言い聞かす。

 

「普通、階段から落ちたなら治りが遅い足首の辺りを負傷するはず。なのに、なぜ一番治りが早く軽度で済む指だったのでしょう。」


この世界は医者でもない人間が医療の知識を持つことはほとんどない。


医者がダメなら神に祈るしかしないのだ。

娘が大好きで大きな傷をさせたくない宰相はこう考えるはず。


相手取る伯爵家に医療関係者はいないのだから、簡単に騙せるだろうと。


馬鹿にしてくれるなよ。

こっちは前世で経験済みだっての。


「それもご令嬢は階段から落ちながら姉の顔を見たとおっしゃっていました。要は仰向けで落ちたのです。なんで、負傷したのが足の指の骨だったのでしょうか。」


さっきまでの飄々とした雰囲気は消え去り、獲物を狩る鷹のような鋭い目つき。


流石は我が国随一の頭脳と呼ばれるだけはある。

ここまで揃えても、視線は私を見定めるだけ。相手にはしてもらえないらしい。


「これは素晴らしい推理力ですね。お母上譲りなようで羨ましい。ですが、あまり突拍子のない仮説は口にしない方がよろしい。これは老いぼれからの忠告です。その身を滅ぼすことになりますからな。」


ははは、と笑う宰相の瞳の奥は暗かった。

科学の発展がまだ進まないこの国において、私の話なんて簡単に捻じ曲げられる。


例えば、「邪神が悪さをしたのだ」とか。

なんでもありだ。本当に碌でもない。

どうせ証拠は完璧にでっち上げられているのだろう。

ただ、私が姉より厄介だと示せれば良い。


「ですが、その若さ故の無邪気さは好きですよ。あなたの条件、こちらからの要求を呑んでいただけるのであれば譲歩して差し上げます。」

「要求ですか?」

「はい。大したことではございません。彼の地で人間が住めると証明して下さい。」


二度と人間国に帰ってくるなってことか。

どこが大したことないだ、古狸め。


「分かりました。その要求、果たしてみせましょう。」

「伯爵家は素晴らしい娘を育てていたのですな。知りませんでしたよ。こちらも提示された条件は慎んでお受けいたしましょう。」


姉と母が隣で驚愕していた。

元々私は社交が苦手で、何事に対しても淡白な娘だった。そんな子が急に宰相と張り合ってみせたのだ。こんな顔にもなるだろう。


「ミリア、本当に良いの?」

「はい。母様。寂しくないと言えば嘘になりますが、後悔はありません。」


母に言ったことは本心だ。

姉の瞳には涙が今にも溢れそうになっていた。


「姉様、我が家の当主としてお家をお任せします。」

「ミリア!!」

「姉様はのほほんとしているのです。魔国でなんてやっていけませんわ。私が務めます。」

 

実際、お家の復興には時間がかかるだろう。そして、一番必要なのは他者とのパイプやコネ。


この家族でそれが一番あるのは姉だ。

姉の裏表がない性格は人に好かれやすい。

信頼すら取り戻せたら姉のコミュ力の右に出る者はそういないだろう。

 

元次期王妃は伊達じゃない。

互いの適材適所を見れば、この判断が一番良い。


「母様、姉様。ついでに父様も。ずっと愛しておりますわ!!」


短い別れの挨拶を済ませ、涙を見せないよう目を細めて家族に手を振った。


「ミリア様、どうか我が国の礎となって下さいませ。」


こうして宰相の仰々しい礼に中指を立てながら、私は姉が持っていた旅行バッグ一つ手に魔国へと送られたのだった。


 

⚫︎



道中の馬車の中。

私は純白のドレスに身を包んでいた。

腹立たしいのはあの古狸は最初がら姉を魔国に送るつもりだったため、ドレスも姉の体型に寄せて作られていたこと。


つまり、私にはサイズが合っていないのだ。

主に胸まわり。実りの果実が不作すぎる。


着替えを手伝ってくれたメイドさんが大声で詰め物を要求する光景は心に刺さるものがあった。

身長だって十センチぐらいの差がある。おかげでドレスの裾を無駄に引きずってしまう。


同じ両親から産まれのにどうしてここまで違うのか?


「解せない……」


ミルキーベージュのふわふわな髪と桃色の瞳は母譲り。

小柄で太りやすい体型は父譲り。

昔から食べた栄養が身長にいかず、脂肪に変わるこの体質がコンプレックスだった。

 

なんとか少食で誤魔化している容姿は総じて子リスみたいだねと、よく言われる。異様に初老紳士からの評判が高いのが癪だった。

 

こんな私とは違い姉は、

ミルキーベージュの超ストレートヘアーに同じ桃色の瞳。

どれだけ食べても太らず、胸と身長が成長する羨ましい容姿だ。


これで性格まで完璧だったら私は嫉妬で狂い姉を嫌っていただろう。でも父譲りのぽんやりしたあの性格だ。私がしっかりせねばと家が潰れる。

嫉妬している場合じゃなかった。


(まさか本当に家が取り潰しになるとは夢にも思っていなかったけど。)


そんなことを考えながら馬車に揺られること数日。

魔国の入り口が見えてきた。

魔王城まではもうすぐだ。


結婚のお相手はどんな方だろうか?

魔国は人間以外の異種族全般が住まう国だと聞いた。

ファンタジー作品にありがちなところで言うとヴァンパイアや竜族だろう。


正直、不安は大きい。でも期待もしている。

だって、こういった種族は大体が見目麗しい!! 


女性向けライトノベルを読み漁っていた身としては、ヴァンパイアなんてぜひ一度お会いしみたい。お相手も願いたい。首元から血を吸われる体験は献血とどう違うのか、興味がある。


さらに言うと、私は人間国代表としていくのだ。

相手はそれなりの地位の方である可能性が高い。

つまり金持ちだ。玉の輿だ!!


万年貧乏貴族とはさようなら。


姉よ、悪いな。これからは私の時代だ。

優美な花の腰巾着とはもう言わせない。


「ミリア様、着きました。」


馬車の扉が開かれた。

目の前には荘厳な黒い城。

よくアニメで見ていたあの魔王城だ。


すごい!!

まるで聖地巡礼をしている気分。

 

「では私たちはここで失礼します。」


ここまで連れてきてくれた護衛の騎士が深々と頭を下げた。

 

「…………え? 私、一人ですか?」


こんなにドレスの裾引きずっているのに?


「はい。そのように伺っております。」

「メイドやお付きの方は?」

「おりません。」


騎士は淡々と言い残し、本当に私一人おいて引き返していった。


「…………嘘、でしょ」


さっきまでの興奮はどこへやら。

今やお化け屋敷に一人取り残された絶望感が全身を駆け巡っている。

 

さて、どうしたものか。

これは相当先行き不安だ。


私はここで突っ立ておけば良いのだろうか?

それとも自分から花嫁が到着ですと、名乗りをあげるべきか?


「ああ、もう到着されてしまったのですね。」


私が迷っていると、ギギギと音を鳴らして魔王城の大きな扉が開いた。中から現れたのは驚くほど美しい男性が。


銀髪で赤瞳。

口元から覗く牙。

これぞヴァンパイア、といった異世界じみた容姿に思わずガッツポーズする。


「あなたが私の旦那様ですか?」

「いや、まさか。ご冗談を。」

「…………」


かなり本気だったのに。

はははと乾いた笑いを浮かべた男性はセスルと名乗った。


魔国の宰相でやっぱりヴァンパイアなのだそう。

溢れる魅力は歩くだけで色気が漏れ出している。


人間国の宰相、古狸とは大違いだ。

ただ、魔王城を案内される道中、彼がずっと困ったような顔をしているのが気になった。

 

「魔王様はお忙しい方なので執務をしながらのご対応となりますが、ご理解ください。」

「分かりました。」


魔王城内でも一際目立つ装飾のなされた扉の中、威厳漂う黒い角を持つ大柄の男がいた。


こちらを値踏みする黄金の瞳。

手元には大量の書類の山。

なんというか、部長だ。

中年のできる部長の風格。


「お初にお目にかかります。人間国伯爵家より参りました。ミリアと申します。」

「よく参られた。俺が魔国の主、魔神のジャビファだ。」


手に持っていた書類を机に置き、礼儀正しく接してくれる部長。もっと敵意剥き出しの威圧をされるかもと思っていたので拍子抜けだ。


「ジャビファ様、今日から魔国の領民となれますことを光栄に思っております。」

「その件なのだが………………、」


気まずそうに目を逸らされた。

何か問題でもあるのだろうか?


「ミリア殿の結婚相手はおらぬのだ。」

「………………はい?」

「ここまで出向いてもらったのに申し訳ない。人間国に帰ってもらう事は可能だろうか?」


すまないと頭を下げる魔王。

慌てて振り向くとセスルも苦笑いを浮かべている。


なんだこの状況は!?


魔国に着いてまだ一時間も経ってないのに帰ってくれと言われてしまった。

私、古狸に結婚して二度と人間国には帰りませんと啖呵切って出てきたんですけど……。


「あのぉー、理由をお伺いしてもよろしいですか?」

「ああ、そのぐらい説明しないとな。」


魔王様の説明を纏めるとこうだ。

そもそも、人間国との和平を推し進めたのは人間からの執拗な攻撃を受けたからだそう。


あれだ。勇者とかいう存在のことだ。

魔王様が言うには、弱い人間パーティーの相手をするのが面倒になったそう。


「想像してみてくれ。何度倒しても部屋にゴキブリが湧いてくるの、すごく不快だろ?」

「…………」


魔族からすれば人間なんてゴキブリらしい。

要は相手にならないと。

でも放っておくには邪魔くさいと。


そこで和平を結ぼうとしたら花嫁を送るからそちらも寄越せと来た。


「魔族から送るのはまぁ良い。興味がある者もいたしな。でも受け入れるのは、な?」


な? と言われましても。

同情のような視線を送られても分からない。


「まず、種族が違いすぎて扱いに困る。魔族と一括りに言っているが種族はまるで違う。異種族婚はほとんどないんだ。加えてミリア殿のような人間の女はなんというか……、触れただけで粉々になりそう。」


弱すぎて殺しちゃうと。

人間国の代表を殺したとなれば和平どころではないだろうからな。


なるほど、理解はした。


「でも私にも事情があって帰れません。相手を見繕ってください。セスルさんのような!!」

「はぁー。やっぱりそうなるよな。しぶとさだけはあるもんな。」


なんだろう。すごく不愉快だ!

ただ魔王も可哀想だとは思うから強くは言えない。

上司に無理難題を突きつけられ、部下からも愚痴られ板挟みにされる部長を見ている気分。


部長、私のためにもどうにか頑張ってほしい。

 

「魔族の中でも人型を保てるのはごく僅かな上位魔族だけなのだ。ただ、上位魔族は人間をよく思っていないものが多くてな。死にたくなければ近づかない方がいいだろう。そうなると元が人型に近い種族から相手を選ぶとこの辺りになる。」


セスル経由で渡された書類は四枚。

それぞれに種族と特性や性格まで事細かく書かれている。

まるで結婚相談所の資料みたいだ。


書かれている種族はリッチ、ダークエルフ、ゴブリン、オークの四種族。


書類はとても分かりやすく纏められていた。

残念なのは写真がないことぐらいだ。


「………」


説明書を熟読した。でも、なんと言うか、パッとしない。


「あの、ヴァンパイアやインキュバスは含まれないのですか?」

「鶏と結婚したがるヴァンパイアはおりませんよ。」


さっきまでニコニコしていたセスルがいきなり真顔になって答えた。


ゴキブリの次は鶏かい。


「ヴァンパイアは気位が異常に高くてな。自分より強い相手にしか従わない。それに、主食と結婚なんてしたらその日の晩飯になってしまうぞ。」


……なんか思ってたのと違う。

それに魔王がさらっと怖いことを口走っていたような。


主食って、献血ぐらいじゃないの? 

食べちゃうの? 

これ以上は怖いから聞かないでおこう。


「なるほど、無理ですね。ではインキュバスは?」

「彼らの主食は生気。持って三日の命だな。」

「…………」


なんか、思ってたのと違う!!


「そういうことだから書類の四種族から選んでくれ。」

「でも、この書類のリッチはアンデッドだから腐臭がすごいとか。ダークエルフは長命種で時間の感覚が違うから会うのに五十年かかるとか。とてつもないことが書かれているのですが。」

「ああそうだ。オススメはゴブリンだな。」

「………………」


もらった書類をぱらりと捲る。


「ゴブリンは言葉を喋れないとあるのですが……」

「気持ちがあれば大丈夫だろう。」

「………………」


あれ。これは……、詰みじゃないか?


「嫌だろう。魔国に嫁ぐとか無理だろう? ささ、人間国まで送らせよう。」


まずい。これはかなり危機的状況だ。

魔王が私を追い出す気満々すぎる!!

 

言われるがまま人間国に帰還したら、今度こそ一家離散は免れない。それにあの古狸のことだ。下手すれば家族全員の首が落ちる。


ダメだろう。

それは寝覚めが悪すぎるし、なにより死にたくない。


となれば、どうする……?


「セスル、馬車を呼んで……」

「こ、こここ、」


このまま帰れない。

人間国と魔国の間には駐屯所があった。

あそこを通らないと絶対に人間国には入れない。つまり必ず古狸に見つかってしまう。だからといって未知の魔国で一人暮らすなんて自殺行為もできない。

 

「ミリア嬢、どうされた?」

「…………こ、婚活させて下さいっ!!!!」

 

私はその場で綺麗な土下座を披露した。


「な、なんでもしますので、私に婚活させて下さい!」


かくして始まるミリアの魔王城での婚活事情。

何も起きないはずがなかった…………。




 

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