道化
アポを取ったはずのお客さんが不在である。途方に暮れた。とはいえ、年寄り相手を常としている身であれば、このような事態は日常茶飯事。少し待っていれば案外帰宅してくれるものなのだ。
門口に立っていると、隣の隣の交番の前にいた男の子と目が合った。男の子がこちらにやってくる。「あの、これ落ちてたんですけど」、「ああ、交番に誰もいなかった?」、「はい、あの、あそこの駐車場に落ちてて」道路向かいを指さす。交番のインターフォンを押してみたがやはり返事はない。パトカーがないしパトロール中だろう。「じゃ、オジサンが預かっておくから」、「はい!」元気よく返事して、落とし物を私に手渡し、男の子は道路を渡った。道路向かいから苦笑いでこちらをみている。「後で交番に届けるから!」男の子はお辞儀して走り去った。
それはテレビショッピングの商品で、ケースに入った老眼鏡。「ローガンメガネ」というものだ。親が同じものを買わされたので知っていた。買ってみたものの度が合わなかったという。合わなければ返金いたします、が売りだ。実際に返金手続きの電話したところ、難解な説明をされた上「それでは返金できません」と言われ、個人情報を聞き出され、以後頻繁にセールスの電話がくるようになったという。全くの詐欺ではないか。年寄りを狙った押し売りだ。
「ローガンメガネ」がいま手元にある。なぜ、落とし物を届けるなどという面倒事を引き受けてしまったのか。それは男の子が私に似ていると思ったから。私もああいう一人で物事を解決できない質だった。それでいてどうにもならないような場面に良く出くわしてしまう。
あれからずいぶん年をとった。もちろん巡査が帰ってくるまで待つつもりは毛頭ない。こういう時、落とし物は現場に戻すに限る。道路向かいの駐車場は建設会社のものらしい。落とし物を目立つところにおいて置けば、自然落とし主がみつけて回収するだろう。停めてあった車のボンネットの上に「ローガンメガネ」を置いて、お客さん宅の門口に戻った。少しの罪悪感を感じながら。男の子には申し訳ないがいつ来るかもわからぬ巡査を待ち、ただ突っ立っている訳にはいかない。業務中に。間もなくお客さんは帰宅した。思った通りだ。
研修で○○市まで行った。研修を終え、帰ろうと昼過ぎに駅前まで来ると、クラウンが路上パフォーマンスの準備をしていた。
七色のアフロヘアがイヤでも目立つ。この手の路上パフォーマンスが嫌いだ。憎悪しているともいっていい。見たくもない芸を勝手に始め、集まってきた見物人から金銭を強請る。押し売りと変わらないではないか。一銭だって払うものか。
駅舎に入る。改札前の広場は騒然としていた。ブラスバンドが整然と並び、今にも演奏が始まりそうだった。一体何が始まるのか?改札の向こうに列車が入ってくる。乗客が降りる。「○○へようこそ!」アナウンスと共にファンファーレが鳴り響いた。どうもこの乗客は特別な人々らしい。それよりも土産だ。隣接のビルで土産を買い、戻ってきてもまだ演奏は続いていた。よほどの上客らしい。ぼんやり見ているわけにもいかない。改札を抜けようと、ブラスバンド、見物客を迂回したところで、さっきのクラウンと出くわした。
ソイツ、七色アフロのクラウンは、まるで指揮者のように演奏に合わせ両手を振っている。老婆に近づき、彼女に同じことをするように促す。老婆はニコニコしながら同じように指揮者の真似事を始めた。いけ好かない奴。まったくの押し売りだ。ソイツは私にも近づいてきた。いいだろう、受けて立つ、私は睨みつけてやることに決めた。ソイツが目の前に立つ。驚くべきことに、ソイツの顔が「ローガンメガネ」を私に手渡した男の子の顔に見えてきた。どこまでも卑劣な奴。人の罪悪感を利用し、こうやって見物人を操るのが奴らの手口なのだ。屈するものか。腕組みして態勢を整えると、駅舎の自動ドアが開き、同時に突風が吹き込んできた。
私の怒りが天に届いたのだろうか。クラウンの七色アフロが風に煽られ、改札の向こうまで飛んでいく。ソイツは慌てて追いかけて行った、見覚えのある禿げ頭を曝け出して。悪徳クラウンは去った。良心の勝利だ。
悠々と改札を抜け、中央階段を上っていく。気になることが一つある。一部露になったクラウンの特徴、平凡な禿げ頭、それは私そのもののヘアースタイルなのだ。多くの年寄りを言いくるめ利益を上げる、考えてみれば私もまた同じようなことをやっている。一足先に改札を抜けていったはずのクラウンが見当たらない。とするなら、クラウンが私自身である可能性が全くないわけではない。本当にそんな事が?
今は時間に遅れぬよう列車に乗ることが優先だ。その前にトイレに行って、手を洗って、顔も洗った。気分が落ち着く。その顔、鏡に映ったのは私のものではなく、またも「ローガンメガネ」の男の子になっていた。「どうして交番に届けてくれなかったんですか」男の子は言った。彼が心配するのも無理はない。しかし彼も私も、あの場面ではどうにもならなかった。「ボンネットの上に置く」という選択が正しかったと今でも信じている。どうにもならないものは運命に任せるほかないのだ。
「大人になればわかるさ」鏡に向かって言ったのは、平凡な禿げ頭の、いつもの自分だった。トイレを出て急ぎ列車に向かう。出発まで五分しかない。大人はいつも時間に追われているのである。




