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南嘉手納荘四号棟  作者: Resetter


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3/7

3. 風に揺れる紫煙



 一旦仕事に戻ろうと、部署室へ戻れば。


「佐藤さん! 遅い! 白峰専務が呼んでたわよ!」


 戸田の怒り声に出迎えられた。

 目をこれでもかと吊り上げた、凄い表情……。

 

 白峰専務が私に、何の用かしら……。

 戦々恐々。急ぎ専務室に向かった。



 ――コンコンコン


「失礼します」


 他の部屋より、少し重たいドアを開けて、中に入る。

 妙にひやりとした。


「おお、佐藤さん。来たか。……聞いたよ。小野が来てないんだってな」


 革張りの椅子に腰かけて、白峰専務は手を組んでいた。じっと、こちらを見ている。感情が、まるで読めない。


「はい。そうなんですよ……。戸田部長に様子を見てくるように言われて、部屋に行ってみたのですが……」


 白峰専務は、三十三歳。

 実年齢は、私よりもだいぶ下だけど……。

 上背もあり、横幅もある。体格の良さもあり、かなりの威圧感だ。

 私の声は震え、語気も弱くなってしまっていた。


「ほう。戸田部長ね……。佐藤さんは総務とはいえ、そこまでの雑用をさせるのは、勿体ないな。小野がどうであれ、あの部屋が空くのなら、クリーニングの手配はこちらでするよ。もう気にしなくていい。戸田部長にも伝えておいてくれ。もちろん、俺からも言うよ」


 トントンと、指で机を叩き、そして、顎を(さす)りながら、こちらを覗き込む仕草に、胃の腑が凍えた。

 頬に冷たい雫が()って、ひたっと床に落ちた。


 何で……クリーニング……?

 

「あ、ありがとうございます……。そのようにいたします」


「ああ、全然いいさ。存分に働いてくれ。会社のために、な……」


 白峰専務は、口元をぐにゃりと三日月形に歪めた。くいっと細めた目の奥には、どろりとした光があった。


「では、失礼いたします……」


 腰を抜かしそうだった。

 全身の毛孔という毛孔が、泣き喚き、狂乱していく。

 

 ロボットのような動きしかしなくなった脚で、私は、専務室から、文字通り逃げ出した。

 

 あれは……何?

 

 リッセーの、言う通り……なのね。

 世の中には、関わってはいけない人種というものがいるのは、私も知っている。あれは、それだ。


 それにしても、専務自らがあんな……。

 一体、あの部屋に、何が……?

 

 部署室に戻りながら、そんな逡巡が、止まなかった。



 ▽



 夕方、喫煙所に行くと。


 リッセーが電子タバコを片手に、黄昏れていた。


「あら、リッセー。よく会うわねぇ」


「おお、佐藤さん。おつかれー。よく会うって、そりゃ、お互い喫煙者なんだから、そうなるだろー」


「それもそうねー。あはは」


 なんだか私は……久しぶりに笑った気がした。

 どうにも、リッセーと話していると、力が抜ける。彼の纏っている、緩い雰囲気のせいかしらね。


「だろー? このご時世、喫煙者は肩身が狭いぜー。だからオレ、しゃーなし紙はやめたもん。佐藤さんは紙だよなー」


「そうねー。どうも電子の匂いがねぇ。なんか変じゃない?」


「まぁ、オレも慣れるまでは違和感しかなかったよー。でも、嗅覚は記憶に残りやすい反面、一番最初に麻痺する感覚、らしいからねー」


「へー。リッセーって、変なこと知ってるわねー」


「ハハッ。くだらないことは、話のネタに最適ってね」


「嗅覚は、慣れる……か」


 少し、朝のことを思い出した。

 あの部屋の匂い。ちょっとツンとするくらいの清涼感。何だったのかしら……。


「ん? なんかあった?」


 思考に囚われた一瞬に、リッセーが、覗き込んでいた。


「ああ……小野君の件。白峰専務が口を挟んできたのよねー……。戸田部長の命令で、わざわざ部屋まで行ってきたのにさ……。ちょっと、もやもやするって言うか、ね……」


 ふと顔を上げると、夕陽が目に染みた。


「おぉん……。マジかー。小野、こりゃ……やらかしたか……」


 リッセーが、こめかみに右手を当てた。


「え? どういう……?」


「んー……。日本ってさ、行方不明者って、実は意外と多いじゃん? あれさ、密かに消されてる人間、たっぷり含まれてると思うんよねー。いわゆる社会の闇……裏社会ってやつ?」


「裏社会……」


「そ。……まぁ、昔からよく聞く、"タコ部屋"なんてのも、形を変えながら、まだあるんだろうけどさ。当然、"見つからなければ永遠の行方不明"って殺人も、たくさんあるはずさー」


「たくさんって……」


 そんな現実、見たことないけど……。

 でも、聞いたことくらいはある。噂は噂であって欲しいという部類だし、映画なんかの創作の世界だけにして欲しいけど……。


「平和な日本、なんて言われてっけどさー。案外、境界線は曖昧なんだよなー」


 境界線……。

 じゃあ、あれは……。その"線"だったのね。


 でも、何でリッセーは、そんな事まで知って……。

 

「……リッセー。そんな事にも詳しいの?」


 ふと、リッセーを見た。


「ん? 詳しいってか……まぁ、オレもそっちの世界と関わったこと、ちょっとあるしね……」


 光の加減なのか、リッセーの顔に陰りが見えた。少し目を細めて、虚空を眺めているようだった。


「……そうなんだ。意外ねぇ」


 リッセーは、少しぶっきらぼうなところがあるとは思っていた。

 でも、いつも軽くて、やる気がなさそうに見えるくらい冷静で、頭の回転も早いのに。

 まして、見た目も細身で、優男(やさおとこ)然としてるのに。

 裏社会……?

 人は見た目によらないって言葉、体現しすぎよ……。

 あ、でも、力が結構強いとは言われてたかも?

 ん? 鍛えてる人だったら、それも普通よね。

 うーん。本当かしらね……?


「まーねー。今は普通に社畜だしなー。そんな黒歴史、わざわざ吹聴しないって」


 リッセーは、乾いた笑いだった。

 

 この人、"何かを抱えて生きてきた人"だから、妙に優しいのかしら……。



「リッセーは、隣りの県出身だっけ」


「あー。地元はこの辺じゃないねー」


「そっか……。人生って、色々あるわよねぇ……」


 つい、しみじみと(こぼ)してしまった。


「そうねー。まぁ、困ったことがあったら、聞くよ。……聞くだけかも、だけどな? ハハッ」


 でも、リッセーは、軽い調子だった。だから、素朴な疑問を口にしてしまった。


「あ、困ったことっていうか、ね。ブレイブって会社、どんな感じなの? 私、総務だけど直接関わったことなくて……」


「あー。担当窓口、中井次長だもんな。オレは次長の代わりにって、お使いに行かされたこと、何度もあるから知ってるけど」


「あら、そうなの」


「そうそう。佐藤さんが来る前なんて、細かい雑用も、大きな雑用も、ほとんどオレがやらされてたかんなぁー」


「……それは、大変だったわねぇ」


「ハハハ……。おかげさんで、仕事が早くなったぜー」


「いや、笑えないわよ……」


 雑用ほとんどって……。どれだけブラックに働かされてたのかしらね。

 さすが、営業部と技術部を兼任させられてるだけあるわね……。

 

 それをこんな平気そうに、笑い話にしちゃうとか。本当にどんな感覚で生きてるのかしらね、この人。確か、まだ二十八よね? 次長と同い歳の友人って聞いてたけど……。


「そっかぁ? まぁでも、今は佐藤さんがいるしなー。楽させてもらってるよー」


「そう? そう言ってもらえるなら、ちょっとは苦労してる甲斐があるかしらねぇ……。ていうか、リッセー、中井次長と仲良いでしょ? 手伝ってくれなかったの?」


「あー……まぁ、次長は創業メンバーだからなー。教育制度皆無! 社長の言うことは絶対! の環境で、まともなマネジメント力なんて育つわけないさー。おかげで、仕事振らなきゃ上司じゃない! 精神が強いんだよなー。そりゃ、たまには手伝ってくれたりはしたけどね……。人手が必要なこととかはね。別に、人間が腐ってるわけじゃないからさ」


「ああ、なんかわかるかも……」


「それに、()()()()()だからな。あの人、ブレイブのことを疑ったりなんて、全くしてない」


「ああ、まぁ……中井次長、素直な人、だもんね……」


 中井次長は、プライドは高い。

 でも、あまり賢い印象はない。言わなくていいことも、言ったら不味いことも、平気で言ってしまう。指示や判断も曖昧なのよね。

 

 むしろ、見ている感じ、リッセーに頼りきりだ。依存してるようにも感じる。

 だから、肩書きの割に、あんまり頼りにならないのよね。

 

 でも、なんだか人間臭くて、嫌いにはなりきれないタイプだったりもする。まぁ、見た目も堀の深いイケメンだしね。


「ハハッ……。いい感じに言えばそうだな。……まぁ、それはいいとして。あの会社、従業員っての、実はひとりしかいないんだよ。でもさ、時々違う人がいるんだよな。聞いてみたらさ、『アレはバイトだ』って、篠原さんは言ってたが……人相がやばいよなー。ハハハ」


「いや、笑い事じゃないでしょ、そういう感じならさ」


 ブレイブ……やっぱり()()()()が使ってるだけはあるのね。


「えー? オレはオレに害がないなら、全部笑い事だよ」


 リッセーは、そう言って柔らかく微笑んだ。


 少し、見入ってしまった私の手から、ぽたりと灰が落ちる。

 赤々と熱を湛えたタバコの先端から、ゆらりゆらりと立ち昇る紫煙が、微風に消えて行った。



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― 新着の感想 ―
登場人物全員怪しく見えますね。1話目の言葉は絶対風じゃないですよね。クリーニングって、もういないことになってるんですか?警察は?リッセーがラフな感じで話題から逸らそうとしているように見えるし、続きが気…
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