008.新商品の開拓
商業ギルドでの取引を終え、ギルドの外に出たところで繰り広げられた光景を眺める一人の女性。
女性は、あの傲慢なギルド長が、まだ年端もいかない一人の少女と思われる人物を、恭しく見送りしているという見慣れるそれに、顎を手でさすり眺めている。
燃えるように赤く長い髪を持つ、長身の美しい女性。 彼女の名はフィル。 小規模ながらも独自の販路を持つ「カリプシ連合」を率いる商人である。 落ち着いた上質な柑子色の絹に、金の刺繍が施された、着物のようなものに身を包んでおり、それがよく似あう女性であった。
「若いのに随分と敬われているじゃないか。 お金の匂いがするわね……」
フィルは黒塗りの扇子で口元を隠しながら、獲物を定めるような目でカナと見慣れぬ使役獣を追った。 見ない顔のお嬢様。 どこかの貴族令嬢のご挨拶だろうか? でも、カウンターで何かを出していたのは確認できた。
入ってきた時、カウンターの小娘に侮られていたのもしっかりと見ていた。 だが、アクセサリーっぽい何かを見せ、ギルド長が奥へと案内していた。 それほどまでの何かを持ち込んだ?
それに、彼女が連れ歩いていたあの使役獣。 魔物だろうか。 視線を向けると一瞬だがとてつもない圧を感じ、この私が目をそらしたぐらいだ。
「レッテ、どう思う?」
フィルに少し遅れ、見送りのギルド長たちと共にこっそりとギルドを出ると、彼女の横で待機していたのは、従者のレッテ。
二十代後半の彼女。 子供に見間違う程の小さな体に、 黒く地味な法衣のような服に身を包んでいた。 感情を削ぎ落としたような無表情を保つ彼女は、少し考えた後、ゆっくりと口を開く。
「注視すべきかと。 ここにはネックレスを数点持ち込んだようですが、あの男がこれほど媚びを売る相手、普通ではありません。 それに、私も顔を見たことも無い少女。 他国の令嬢かもしれません。 護衛もおりませんし、いずれにしても訳ありの可能性が高いでしょう……」
その返答に満足げに頷くと、フィルは少女の身辺調査を命じた。
◆◇◆◇◆
金銭的な余裕を得た私は、宿の部屋で Waooon Shopping の画面を凝視していた。
「わんこのおやつっと……あ、これだ!」
稼ぐための新たな商材探しよりも優先したのは、愛犬の好物の調達だった。 清海物産のクッキー。
犬用でありながら、人間も食べられるというこだわりの逸品。 ミルク味、さつまいも味、チーズ味と、十枚入りで各1,200ダル。 ビーフ味もあるが、愛犬はあまり好きじゃないので購入は見送ろう。
クーポンは届いていなかったため、最後の一枚を温存しつつ、各五箱、計十五箱を注文。
続けて、手頃なサイズのセラミック製のフードボウル 1,980ダルを色違いで四つ購入する。 内側に可愛い犬のイラストが描かれているし、ついついまとめ買いしてしまう。
「日替わりで使おうねー」
取り出した四色のそれを指差しそう言うが、愛犬の反応が思わしくない。
「わぉーん?(妹ちゃん、それ、どれも一緒よ? 一つで良くない?)」
そう鳴く愛犬に、「大丈夫。お金は売るほどあるのだから!」と、意味不明な返答を返す成金アホ女。
「ほら、クッキーお食べ」
誤魔化すようにクッキーを取り出し、袋をパリリと開けてみる。
「わぅ、くぅーん! わぅーん! わぉわぉーん!(もう、誤魔化されないわ……まあ食べるけどね! ……妹ちゃん、三つ、せっかく味が違うんだから! 三つ欲しいわ!)」
ややがっつきながら袋を開けたクッキーに食らいつく愛犬。 私も一つ口にすると、久々の優しい甘味に頬が緩んだ。 これは、ついつい次の袋に手が……。
結局、愛犬と同じように六枚ずつ食べた後、残りは保管ボックスに戻しておいた。 食べ終えたフィルム状の袋は、保管ボックス内の「ゴミ箱」という項目から処分できることを知り、スキルの便利さに改めて感心する。
「他にも買いたい物もあるけど……しばらくはゆっくりしても罰は当たらないし、また明日考えよーっと」
そう言いながらベッドにごろりと体を投げ出し、鼻歌まじりに手足をばたつかせてみる私。
その日の夜。
成金思考が抜けない私は、ディナたちを誘って食堂へと繰り出した。 久しぶりのアルコール。 ぬるい果実酒のようなそれが、不味いけれど旨い! そう感じて飲み進めていた。
「今日は、私のおごりだよー!」
三人にそう叫びながら質の悪いアルコールを煽り、楽しいひと時を送った……という所までの記憶はあった。
翌朝、割れるような頭痛とともに目が覚める。
どうやって部屋に戻ったのか、全く記憶にない。 傍らで私を見つめるレイの視線が、北極の風よりも冷たく感じられた。 窓から昇る太陽を見て、もうすでに朝食は終わっている時間だろうと理解した。
「カナ? 起きてるー?」
そんな声を聞き、這いずるようにドアを開けると、苦笑いのディナ。
「私、昨日どうやって帰ったの?」
「いやー、普通に歩いて帰ったけどさ、覚えてないの?」
私の問いに驚くディナ。
「うん。 楽しく飲んでたはずなんだけど……」
「何ちんたら飲んでんだー! 今日は私のおごりなんだから、みんなももっと飲まんかーい!」
突然そんな事を言い出したディナに戸惑う私。
「わぅん(妹ちゃん、そう言って食堂にいた人たちを煽ってたわ)」
愛犬のその言葉にハッとして Waooon Shopping を開き所持金を確認する。 残高 2,368,184ダル。金貨百五十枚以上が無くなっていた。
「おばちゃん、端数は切捨てしてくれたんだけどね。 食材もお酒も、ほぼすべて吐き出して、この宿始まって以来の売上だったって」
私は、昨夜の自分にドロップキックをかましたい気分になりながら、「また稼げばいいのさ」と言いながら、苦笑いするしかなかった。
「わぉん(妹ちゃん、しばらく禁酒ね)」
「わかってるわ」
愛犬の苦言を受け入れ、朝食を食べに下へと降りる。
看板娘のコリーちゃんが「昨夜はありがとうございました!」と満面の笑みでお辞儀をされたので、その可愛さに免じて昨夜の自分を許す私だった。
ブクマ、評価、励みになります。感想お気軽にお書きください。




