七 日曜日のお父さん
明希の容態は安定しており、数日中に意識が戻る見込み。
宇喜田警部が県境の拠点に出張する予定だった品田巡査の証言から、宇喜田警部が拠点に行かなかった可能性が浮上。宇喜田警部の官給携帯の位置情報から、午前中に県警本部に戻り、午後から再度拠点に向かっていたことが判明。
宇喜田警部は少額経費の不正流用を認め、口裏合わせのため事件当日も往復していた。しかし、宇喜田警部と五木警視の行動記録から、宇喜田警部のアリバイが成立してしまう。
「ここ苦手なんだよ」
「そうですか」
泣き言をいう一ノ瀬検事を無視して、あたしは位置データチェックしていた。
今日は日曜日、ショッピングモールは家族連れで溢れている。
まだ、午前中だというのに、疲れた顔をした男性がブラブラと家族の後ろについてまわっていた。
多くの中年男は買い物にも、家族にも興味が無いのかギャン泣きする我が子をあやすでもなく、商品を見るでもなく途方に暮れたように遠くを見ていた。
雑踏の中にいると、一ノ瀬検事は大変よくマッチしていた。
もう背景の一部といってもいい。
むしろ携帯型のGPS計測器を持って、何かしらを確認しているあたしの方が変だ。
「ただ、ウロウロしてたんじゃないの?」
「だったら、余計おかしいですよ」
GPSの精度は凄く高いものでもない。しかしこの緑の線の人物は、このショッピングモールの通路から通路を、無意味に往復しているように見える。
モール内のショップの手前で立ち止まり、向かいにあるショップの手前まで歩く。そしてまた逆方向に戻る。
何回もこの動きをしながら、たまに変な方向に動いて、また元の道に戻る。
まるでモールの中を歩くことが、目的のようだ。目的といえば、通路の真ん中で方向転換をするのは通行人や、ベンチを避けて歩いているようにも見える。
「どっかで、こんな動きを見た気がする……」
初めてこの移動記録を見た時から、うっすらと何か既視感を覚えているけど、それが何かわからない。
なんだっけ?
それを思い出すために、あたしはショッピングモールに検事と共に来たんだけど、同じ動きをしても何をしているのかサッパリわからない。
「痴漢とか万引きとか……」
一時間ほど緑の線をトレースして歩いてみたが、文字通り無駄足に終わりそうだ。
あたしは近くのベンチに腰掛けると、重い荷物を肩から下ろした。
「疲れたー」
モールに来る前に、病院に顔を出してきた。
明希さんの容体は安定して、あとは意識が戻るのを待つだけだと伝えられた。
せめて顔ぐらい見えればいいのに、画面で二十四時間監視できるカメラとか。
明希さんの寝顔可愛いし。
元気になったら、このモールに二人できたいな。
「あ、ごめんなさいね、大丈夫」
一人楽しい妄想にふけっていたのに、検事の声でそれが破られた。
声のする方を見ると、掃除の人に頭を下げている。
「何やってんですか?」
「あのね、僕も真似してみようかと思って」
どうやら、あたしの真似をしてあちこちウロウロしている間に、人にぶつかったようだ。
「ああ、大丈夫ですよ」
掃除のおばあさんは、ニコニコしながら答えた。
「いいんですよ、この人は検事ですからどこか怪我したなら、訴えてください」
「どういう理屈!」
検事が悲鳴を上げた。
「僕だって公務員だし、薄給なんだよ」
「独任制官庁なんだから、あたしとは権力の持ち方が全然違うじゃないですか?」
あたしの追及に、一ノ瀬検事は口をぱくぱくして二の句が告げないようだった。
ちなみに、独任制官庁はその職にある者が個人で自己の権力を行使しうる者の指す。検事は個人で刑事告訴が可能なので、そう呼ばれる。
「あらあら、難しいお話ね」
掃除のおばあさんはコロコロと笑った。
「でも気をつけてくださいね、あの子にぶつかると弁償するの大変だから」
彼女の指さす先には丸みを帯びた箱、よく見るとブラシがついているので水拭きか何かに使う器械のような物があった。
あった、というか動いていた。
「ロボット?」
あたしは眉根を寄せて、それを良く見ようとした。
「そうそう、拭き掃除はあの子がやってくれるの。確か一千万円ぐらいするのよ」
「一千……」
一ノ瀬検事がおののいたのか、後退りをしてベンチにけつまずいた。
「あれ……毎日動きます……?」
「ええ、お休みの日以外は動くはずよ」
「そうですか……」
一ノ瀬検事が後ろでうめいているが、あたしには気にならなかった。
「あれか……」
プレビューは本日で終了です、よろしければ8月17日 南g28bでお会いしましょう。
残りの最終章は10月1日8時に公開予定です。