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六 移動する謎

五木警視のアリバイ崩しのため、公安部会議の裏取りを試みる。総務部事務官に話を聞き、会議が早く終わったことを確認。五木警視の容疑を晴らす。

 翌朝、病院に明希さんの容体を聞きに行った。本当はお見舞いしたかったんだけど、面会は意識が戻るまで無理なんだって。

「最近は感染症のこともあるので、お見舞い自体推奨されないんですよ」

「えー!」

 悲鳴を上げるあたしを無視して、医師は説明を続けた。

「容体は安定してますね、これなら数日のうちには意識も戻るでしょう」

「本当ですか! すぐ知らせて下さい!」

「すぐに面会できるとも……」

 ゴニョゴニョと説明を続ける医師に圧を込めて、あたしは言った。

「すぐに、連絡下さい!」

「はい……」 

 あたしが意気揚々と車に戻ると、携帯に一ノ瀬検事から『捜査本部に来て欲しい』と言うメッセージを受信した。

「捜査本部に?」

 今日はどんな話か、と思いながら車を走らせた。今度はもう少しマシな話だといいけど。

 捜査本部といっても、県警本部あるので目的地は変わらない。

 駐車場に車を停めて、捜査本部に向かうと一ノ瀬検事が早速近寄ってきた。

「おはよう。こっち、こっち」

「おはようございます。なんですか?」

 手招きする検事についていくと、取調室に向かっていた。

「参考人ですか?」

「交通機動隊の宇喜田警部の部下だよ。出張に同行予定だった」

 今治警視正と因縁があった残りの一人。交通機動隊の宇喜田警部。事件当日は県境の拠点へ出張のはずだった。

「と言うことは、行ってなかった?」

「どうも、そうみたいで」

 取調室に入ると、よく日焼けした男がキョロキョロと落ち着きなく座っていた。

「品田巡査、先ほどの話をもう一度してもらおうか」

 検事はそういうと、品田の正面に座った。

 あたしには椅子はないのか?

「あの日は、その、自分は体調がよくなかったモノですから副隊長から同行は不要と言われまして」

「つまり、宇喜田警部は拠点に行っていない可能性がある。と検事は言いたい訳ですか?」

 時間がもったいないので、あたしは単刀直入に検事に聞いた。

「うんうん、そうそれ」

「確認してないですよね?」

「え?」

「他の方法で確認してないですよね?」

 検事はあたし指摘されて、初めて『行った可能性』に気がついたようだ。

「ちょっと、外出ましょう」

 外に出るように、あたしは検事に促した。

「どうすんですか?」

「どうするって……」

 どうしたものかと、検事はオロオロとし始めた。

「裏取る?」

「取る? じゃなくて取らないとダメじゃないですか!」

 あたしたちは、捜査本部に取って返すと、すぐにできることを考えた。

 早くしないと、品田の不在を宇喜田警部が不審に思うかもしれない。軽々しく関係者を呼び出しやがって。

 舌打ちしたい気分を押し殺して、どうにかあたしに思いついたことがあった。

「官給の携帯! 官給の携帯電話の位置情報を大至急取り寄せましょう!」

 私物ならともかく、官給品の携帯なら位置情報の取り寄せに問題は無い……はずだ。たぶん、きっと……。

「大丈夫だよね? それ?」

 心配する検事をよそに、あたしは急いでシステム捜査隊に、連絡を取った。

 すぐにデータの提供は可能との連絡返答があったので、あたしと一ノ瀬検事はデータを受け取りに向かった。

 データの容量が大き過ぎて、直接受け取るしか手立てがなかったのだ。

「数人分依頼されたけど、必要なんですか?」

 システム捜査隊の係員は、不審そうにあたしに聞いた。

「ここだけの話、本当に必要なんですよ」

「はあ?」

 なにがここだけの話なのか、全く説明になっていなかったが。とにかくデータを受け取ると、最後まで不審げだった係官を残してあたしたちは捜査本部に引き上げた。

 早速ノートPCにデータを入れると、地図上での照合を開始した。

 位置情報を、時間ごとにマッピングしてゆく。端的に犯行時刻前後だけでも助けになるが、二十四時間をまるまる見た方が移動の連続性が分かるので、手間がかかるがこちらの方が実際の動きに近くなる。

 アリが這うように、ジリジリと移動を示す線が地図の上を進んでいった。

「じれったいな」

 焦りが口をつく。

 驚いたのか、ポカンとした顔で検事があたしを見た。

「気にしないでください」

「あ、ああ」

 画面が幾度も切り替わり、データのインポートとマッピングを繰り返した。負荷が高かったのだろう、ノートPCのファンが甲高い声を上げた。

 キーンという音の中で、ダイアログがポップアップした。

「出ました」

「どう?」

 宇喜田警部の移動を示す青い線は、県境の拠点に一度向かうと、すぐに移動を再開して県警本部から少し離れた交通機動隊の本部に戻る。

 時間を確認すると、まだ午前中だ。

「これは?」

「午前中には、もうこのあたりにいますね」

 だが、驚いたことに宇喜田警部の移動記録はさらに続きがあった。

 さらに移動を再開した青い線は、そのまま別の場所に向かう。

「離れちゃうね?」

「午後には……」

 宇喜田警部は県境の拠点に改めて向かっている、そのまま拠点に向かい午後二時に拠点到着。

 データを信じるなら、そのまま拠点に留まり拠点を離れるのが午後五時。明希さんの事件では、アリバイが成立している。

「もしかして、別の事件の可能性?」

「あるいは共犯関係」

 宇喜田警部が五木警視と共犯なら、双方の事件のアリバイは崩れる。

「楡松警部の事件の動機が無いと、共犯関係は成立しないね」

「あちこちに恨みは買ってそうなんですが、殺そうとするほどとは……」

 あたしは思い当たるフシに想いを巡らせたが、そこまでの恨みといえば逮捕した犯人ぐらいしか思い至らない。

「一度本人に話を聞きますか?」

「本人?」

 あたしはノートPCを畳むと、立ち上がった。

「宇喜田警部の所に行きましょう」

「うんうん、問い詰める材料もあるし」

 あたしたちは、捜査本部を出るとその足で交通機動隊の本部に向かう。

 県警本部からは少し離れているので、車に乗ると五分ほどで交通機動隊本部に到着する。

 特に交通違反をしているわけではないが、白バイの隊列の中に車を停めるのはいい気分ではない。

「違反切符切られに来たみたいだね」

「嫌なこと言わないで下さい」

 デリカシーとは、無縁そうな検事に言っても無駄と思いつつたしなめた。

 冗談がウケなかったのがショックだったのか、検事はしょんぼりしながらあたしの後をついてきた。

 幸いなことに、宇喜田警部は在席していた。

「宇喜田警部ですね?」

「そうだが、なんだ君は?」

 突然現れた小娘に、あからさまに『なんだこいつ』という態度で宇喜田警部は答えた。

 宇喜田警部は日焼けし過ぎた顔と、筋肉質な白い二の腕の、中年のライダーを体現したような男だった。

 警官らしいのは、短く刈り込んだ白髪混じりの髪ぐらいだ。

 まあ、白バイ隊の本拠地なんで周りもよく日焼けした、品田巡査みたいな男ばかりだったけど。

「刑事課の関根巡査部長です、こちらは地検の一ノ瀬検事」

 小娘の巡査部長ぐらいならと見くびっていた顔が、一ノ瀬検事の名前を聞いて少し青くなった。

「我々の用向きはご存知では?」

 見た目にも、宇喜田警部が歯を食いしばっているのわかった。

「場所を変えよう」

 あたしもその方が、助かる。

「電気借りますね」

「お、おう」

 宇喜田警部の出鼻をくじくつもりはなかったけど、電池がギリギリだったあたしは、ノートPCに電源を繋いだ。

「単刀直入に聞きます、事件当日なんであちこちを往復しているんです?」

「口裏合わせだ」

 ノートPCの画面に表示された地図を横目で見ながら、観念したように宇喜田警部は答えた。

「不用意だった、まさか重大事件が起きるとは思わなかったよ」

「じゃあ、やっぱり!」

 あまりにあっさり口を開いたので、逆にあたしは驚いた。

「ああ。誰と口裏を合わせようとしたかは、聞かないでくれ」

「まだ共犯関係は成立しないからね」

 検事が法律家らしいアドバイスをした。

 なんか弁護士みたいなアドバイスだな。

「お気づきの通り、あたしたちは今治警視正の殺害事件と、楡松警部の殺人未遂事件を捜査しています」

「どっちでも構わないがそちらとは……無関係、だな」

 どこかサッパリした口調で、宇喜田警部は答えた。

「確かに、経費の……少額経費の不正な流用は認める。今治警視正に追及されたら、正直に答えるつもりだった」

「追及される前に、やめておこうね」

 説教じみた口調で、一ノ瀬検事が口を挟んだ。

「確かに、数万とは言え税金だ。私たちの……管理職のポケットマネーで賄うべきだ」「話がよく見えないんですけど」

 オッサンたちだけで、話を進めさせるとどっか主語が抜けるんだよ。あたしは、経緯のわかりやすい説明を求めた。

「なんのために、経費をチョロまかしたんです?」

「人ぎきが悪いな」

「事実じゃないですか」

 あたしに指摘されると、さすがに宇喜田警部はうーんと唸った。

「確かにそうだ。いや、悪いのは私だ」

 そう言って一呼吸置くと、宇喜田警部は経緯を話し始めた。

「言い訳だが、私の着任前からあったようだ。ガソリンや、整備部品の少額購入費の一部を隊員たちの慰労のために貯めていた」

 そういう、セコいやつか。しかし、人を殺すほどのことにはちょっと思えない。

「知っての通り、県警の経費はキャッシュレスに移行しているところだ。当然のことだが少額経費の精算を一括で行うと、足りないことがわかってしまう」

 今や白バイ隊員も、ガソリンカードを携帯して給油する時代だ。使い込みをするのは、ちょっと難しい。

「帳尻を合わせるため、私は何人かの管理職と口裏を合わせて、足りない分の帳尻を合わせるため奔走していた」

「それで、行ったり来たり?」

「じゃあ、事件の日も?」

 あたしたちは、口々に肝心な点を聞いた。「そう、午前中はいないはずの人物と一度情報を交換して、月末には全額返して問題がなくなるはずだった」

「電話じゃだめだったんですか?」

 あたしは、素朴な疑問を口にした。

「私も警官だ。記録に残ることは、極力避けたかった」

 懐からテプラの貼られた携帯を取り出すと、宇喜田警部はしみじみと眺めた。

「迂闊だった、こいつの方が危ないのに」

 一ノ瀬検事まで、しみじみした顔をしてうなずいていた。

「小さな綻びが出るんだよね」

「何いい話みたいな顔してやがるんです?」

 イラっとしたあたしは、二人をたしなめた。「総額で数万とか十数万でも、ダメですからね。これは内部監査に報告します!」

 宇喜田警部はガックリ肩を落とした。

「当然だな……」 

「関根さん、何を怒ってるの?」

 鈍感な中年検事が、ビクつきながら聞いてきた。

「これで事件が降り出し戻ったんですよ!」

 あたしはノートPCの画面を指差した。

「青い線は宇喜田警部、赤い線は五木警視です。見てください、結局アリバイが成立するんですよ!」

 二人の線は、それぞれの事件現場から微妙に離れた場所にある。そして、証言を集めれば、アリバイが成立することは明らかだ。

「ところで、この緑の線は?」

 しげしげと画面を眺めた一ノ瀬検事は聞いた。

「……これは、明日説明します」

 ある一点を往復するように動く緑の線、ちょっとした興味からついでに手に入れたデータは明らかにおかしな動きをしていた。

「……変だ……」


次回は8月15日午前8時に公開予定です

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