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四 不在証明

捜査本部で、環は上司の内野課長から単独行動を禁じられる。課長は主人公の血まみれの服を指摘し、疲労と感情の昂ぶりから判断力を疑った。環は捜査に検事の一ノ瀬正義と組むことになり、自宅に帰ると、涙を流した。

「おはようございます」

「どうも、おはようございまふ」

 県警の駐車場に置いてた車を取りに行くと、あんぱんを食べる一ノ瀬検事の姿があった。

「何してるんですか?」

「いや、車取りに来ると思って待ってたん」

 来なかったら、どうするつもりだったんだ?

「朝ごはん、まだなんですか?」

 少しあきれながら、あたしは聞いた。

「そう、まだなの」

 検事はあんぱんの残りを、もぐもぐと食べ続けた。

「助手席、いい?」

「……どうぞ」

 イヤです。と言いたかったが、そうも行かない。

 明希さんの指定席に誰かが座るなんて、それだけでも嫌なのに、男に座られるなんて気を失いそうだ。

 明日から、パトカーを借りれないか聞いてみよう。

「それで、今日の予定なんだけど」

 消えてくれないかな? このオッサン。と思っているあたしをよそに、一ノ瀬検事は助手席で話し始めた。

「手始めに、県警本部を当たろうと思うんだ」

「県警本部ですか?」

 予想外の言葉にあたしは、あっけに取られた。

「そう、そう、僕は犯人が警察関係者じゃないかと思っていて」

「はあ」

 確かに、警察官が殺されたのだから関係者の可能性は低くない。

「でも、あ……楡松警部と、……ええっと、イマジ総務部長には共通点は無いと思いますが」

今治いまばり部長と楡松警部は一緒に働いたことも、同じ職場にいたこともないね……」

 名前の読み間違いを訂正しながら、検事はスーツのポケットからメロンパンを取り出した。

「しかし、まずは関係者を疑うのは常道だし」

「食べないで下さい」

 今まさにメロンパンの入った袋を開けようとしていた検事は、動きを止めた。

「汚れるからやめてください」

「あ、気をつけるね」

 こいつ食べる気だ、もう一度袋を開けようとした一ノ瀬の腕を取った。

「やめて、下さい」

「あっ、はい」

 検事がしぶしぶメロンパンをスーツのポケットにしまうのを確認して、あたしは手を離した。

 次やったら、無警告でぶん殴る。

「で、どこから行きます?」

「あ、あ、そうね、あのまず刑事部に行きたいです」

「行きましょう」

 さっさとこのオッサンを車から下ろしたかったので、あたしは車から降りた。

 そもそも乗る必要も無かったのでは?

 あたしがそもそもと考えていると、一ノ瀬検事が、スーツのズボンを払いながら車から出てきた。

「ねえ、なんか、お菓子の食べかすみたいなのがあるんだけど?」

「行きましょう!」

 明希さんのこぼしたお菓子に違いない。

 元気になったら、こぼさないように注意しないと。子供じゃないんだから。

「あの、もう少しゆっくり歩いて」

「急ぎますから」

 オッサンを一人置き去りにする勢いで、あたしは県警捜査一課のドアを開けた。

「何の用だ?」

 ドアを開けた途端に、県警の刑事に歓迎のご挨拶だ。

「関根環巡査部長です、今日は……」

「あっ! 関根さん!」

 来訪の目的を告げようとしたところ、奥の方から小暮刑事が飛んできた。

「小暮さん? 捜査本部じゃないんですか?」

 小暮さんも、この事件を担当しているはずだ? 同じ建物とはいえ、捜査本部の方にいるのかと思った。

「もしかして、関根さん聞いてないの?」

 小暮さんは、あたしの来訪を知ってたようだ。逆にあたしが小暮さんへの来訪目的を知らない事に、困惑していた。

「ちょっと、ちょっと、一緒にじゃないと困っちゃうよ」

 ようやく一ノ瀬検事が到着した。

「運動不足すぎじゃないですか?」

「そういうのいいから。ちょっと、ちょっと二人ともこっちに来て」

 あたしたちは検事に引っ張られるように、県警内の別の小部屋に連れて行かれた。

「話が終わらないうちに、勝手に話を進めないでちょうだい」

 先に目的を告げない、一ノ瀬検事の方が悪い。

「それで、何を、どうするんです?」

 あたしはぶっきらぼうに聞いた。

「それ、それ、楡松警部が過去に担当した事件と、今治警視正が関係してないか聞きたかったの」

 検事は頭を抱えた。

「ほら、関係者が怪しいから、あんまり警察関係者の前で目立ちたくないの」

 確かに、目立っちゃうと、狭い世界だから噂になって犯人を警戒させちゃうかも。

「でも、あたしも小暮さんも『関係者』ですよ?」

 あたしは、唐突に大前提を思い出した。

「あのね、あのね。それくらいは僕だって気がついてるよ」

 もう、困った奴だなと行った調子で検事は続けた。

「関根さんは、楡松警部の時は現場にいたからボウガンを撃てないし、遠隔捜査とか、そんな細工してる暇なんかないでしょ。第一さ、今治警視正の事件の時は楡松警部と一緒だったでしょ?」

 そういわれてみれば、スジは通るか。

「じゃあ小暮さんは?」

「俺は午前中会議で、警部の時はバタバタしてるのみんなが見てる」

 小暮さんは手帳を見ながら、当日の行動を答えた。

「そう、そうだから不在証明アリバイが成立するんだよ」

 ようやく本題に入れる。安心したように検事は続けた。

「で、小暮さんには楡松警部と今治警視正との繋がりを、僕がお願いして調べてもらったの」

 あたしが小暮さんを見ると、その通りと小暮さんはうなずいた。

「結論から言えば、繋がりは無い」

「やっぱり」

 あたしが、そう言うと検事はびっくりした。

「知ってたの?」

「現場に来る途中で、警部が今治さんの事を知らないって言ってました」

 車の中で、『出世に興味のある奴しか覚えない』とか言ってたし。

「先に言ってよ」

「聞かれて無いですし」

 マジで、ここに来た目的もわかんないだから、言いようがない。

「ああ、うん」

 一ノ瀬検事は、がっくり肩を落とした。この人、情報共有が下手なの?

「ところで、小暮さん聞きたいことが」

「俺か?」

 小暮さんも無駄働だったとばかりに手帳を懐に入れていた。

「楡松警部と当麻警視って、何かあったんですか?」

「えっ!」

 どうもこの状況で、聞かれないと思っていたらしい。

「俺の口からは言いにくいんだが……」

 小暮さんは、一ノ瀬検事をチラ見した。

「検事さんに出てってもらいましょう」

「ちょいちょい、それは無いでしょ、被害者の人となりも知りたいし」

「あたしが、後で教えますよ」

 慌てる検事にあたしはそっけなく答えた。

「そんな……頼むよ……」

 そんなにペコペコされても、どっちかというと小暮さんの気持ちの問題だし。

 その小暮さんを見ると、目を閉じて何事か考えているようだった。何を言いたくは無いかは、おおよそ検討がついているけど、デリカシーのなさそうな一ノ瀬検事に伝えるべきかとか考えちゃうよね。

「今度、個人的にな……」

 小暮さん的には、検事が信用出来なかったようだ。まあ、あたしもイマイチ信用しきれてなかったからな。

「是非お願いします」

 何やら不満そうな、検事をヨソにあたしは立ち上がった。

「一ノ瀬さん、行きますよ……」

「その前にさ、今治警視正に恨みを持ってそうな人って心当たりない?」

 いきなり質問されて、小暮さんは少し意表をつかれたようだったが、少し考えると口を開いた。

「公安総務課長の五木警視と、交通機動隊副隊長の宇喜田警部ですね」

 あたしには二人とも、畑違いすぎて、顔もよくわからない。

「殺すまで行くかわからんですが、公文書の取り扱いや、会計上の問題で今治警視正とモメてたらしいです。ま、噂ですがね」

 小暮さんは肩をすくめた。

「ねね、関根さんはどう思う?」

「本人に聞くしかないのでは?」

 簡単に認めるとは思えないが、隠したいことぐらいはわかるのではないかな?

「警察が疑われていることが、バレちゃうじゃない」

「まったく疑われてない方が不自然ですよ」

 あたしが反論すると、検事は困惑したようだ。まさか疑っていることがバレずに、最後まで行けると思っていなかっただろうとは思うんだけど。

「まあ、うん、確かに……話ぐらい聞いてもおかしくはないか」

 迷っていた検事も、ようやく決心が決まったようだ。

「俺も、もう少し警部と今治警視正の関係を探ってみる」

 小暮さんはそういうと、席を立った。

「一ノ瀬さんも行きましょう」

 あたしがそう促すと、渋々と検事は立ち上がった。

「じゃあ、行きますか」

 県警の小部屋を出て、小暮さんと別れる。

「じゃあ、どこから行きます?」

「うーん、そうね、あまり考えてなかった」

 もー、頼りにならないな。

「じゃあ、総務課に行きましょう」

「総務課?」

「五木警視と、宇喜田警部の事件当日の行動を確認しましょう」

 当日の行動記録なら総務課で確認できるはずだ。

「アリバイ確認ってこと?」

「そうですよ」

 あたしは先に立って、総務課に向かった。

「そんな簡単見せてもらえるの?」

「捜査の一環ですから」

 あたしはそっけなく答えると、総務課のドアを開けた。

「関根巡査部長です、こちらは地検の一ノ瀬さん」

「どういったご用件ですか?」

 対応に現れた総務課の事務官は、疲れてるように見えた。この事件で、あちこちから事情聴取されているだろうし、あんなお大騒ぎの後だから疲れるのもしょうがないよね。

「今治部長の行動記録を閲覧したいのですが」

「今治さんのなの?」

 検事が驚きの声を上げた。

 っとに邪魔だな。あたしは、ゆっくりと振り返った。

「さっき、そう言いましたよね?」

「あ、はい」

 不審そうな顔をしてる事務官にバレないように、あたしは検事に釘を刺した。

「では、お願いします」

 あからさまに不審そうな顔をしている事務官は、あたしをPCの前に案内した。

「管理者権限で、ログインしていますから余計なことをしないように気をつけてください」

「承知しました」

 まあ、余計なことしまくるつもりだったんだけど。

「どうするの?」

 一ノ瀬検事が横に座って聞いてきた。

「どうもしませんよ、検索するだけです」

 あたしはそう答えると、キーボードを叩いた。

 手始めに、今治警視正の当日の行動予定を確認する。

 現場で聞いた通り、午前中から出張の予定になっていた。それもそうか、と思いつつ出張先を見ると、交通機動隊の本部に向かう予定だったようだ。

「交通機動隊本部ってここじゃないの?」

 検事が素人みたいな質問をしてきた。

「車両が県警本部の建物じゃ、管理しきれませんよ」

「ああ、そうか」

 続けて、交通機動隊副隊長の宇喜田警部の行動記録を確認する。

 こちらも出張と記録されている。しかも、県境に近い方面隊の本部だ。これじゃあ、相手が白バイ飛ばしても、県警本部にやって来られない。

「無理かー」

「今治さんの事件だけでも無理なの?」

「あさイチからの出張になってますし、同行者までいますよ」

 あたしたちはヒソヒソと言葉を交わした。

 あんま、男性とヒソヒソ話はしたくないんだけどね。

 続けて公安総務課の五木警視の行動記録を見ると、こちらも朝から会議になっている。

「無理だー」

「ちょっと抜け出すとか?」

「公安部の課長会議ですよ、五分とか十分の間に犯行が可能か、ってことですよ?」

「楡松警部の事件なら可能だね?」

 それはそうなんだけど、今治警視正の事件では流石に共犯者がいないと無理だ。

 共犯者を前提とすると、捜査範囲が相当な広さになっちゃう。

 うーん、これは警察の内部犯行だとすると二人では手に余るなあ。

「後で、裏を取りましょう」

 あたしは投げやりに答えると、立ち上がりかけたが、ふと思いついたことを確認した。

「午前中は休みか……」

 一日休んでりゃよかったのに。

「なになに? なんかあったの?」

 検事が首を突っ込んでくる前に、あたしは検索結果を消した。

「何でもないです」

 そう答えると、あたしは困惑した検事を残して事務官に声をかけた。

 当麻警視の予定をこっそり見たなんて、言えないじゃない?


今回は遅れて申し訳ありません

次回は8月13日午前8時に公開予定です

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