序章 無駄な説得
お待たせいたました、夏のコミックマーケット106の新作のプレビューを公開します。
序章を含めて七章分を公開します、気に入っていただけたら二日目、日曜日
南館 g28b でお会いしましょう!
「あのね、魔法で事件は解決できないの」
若いお嬢さんと二人っきりなのは、大歓迎だ。
自慢じゃないが、僕は昨日も二十歳そこそこの女性と二人っきりだった。
男と別れ話なって、今まで貢いだカネは無駄になった。
騙された、食い物にされた。
そう泣き叫ぶ可哀想な女だ。
小一時間ほどだろうか、女の泣き事を辛抱強く聞いてから僕は言った。
「それは辛いね、気持ちはよーく分かるよ。それで、その男を刺した包丁は、前から家にあったの?」
地検の数少ない女性検事が出払ってるからって、中年のオッサンに、こんな痴情のもつれからの傷害事件の調書を取らせないで欲しい。
なだめたりすかしたり、半日がかりでどうにか調書をまとめた。他にもある事件で手一杯。にっちもさっちも行かない僕は、今日の朝イチでようやく担当を別の検事に引き継いだ。
一息つけるな、そう思った途端に警察から呼び出しがかかった。
息をつく間もないとはこの事だ。
連絡を入れてきたのは、僕が担当している厄介な事件の担当女性刑事からだ。
「すぐに来てください」
またしても若い女性と二人きりになれる、まったく嬉しい呼び出しだ。
僕は、疲れきった体を引きずるように警察署に向かった。
「魔法を使います」
警察についた僕に、刑事は開口一番こう言った。
中年をからかうのはやめて欲しい。
「魔法で事件は解決できないの」
僕は噛んで言い含めるように言った。
「刑事訴訟法に、魔法で入手した証拠品の採用は不可って書いてあるでしょ?」
「原則[#「原則」に傍点]不可ですね」
彼女は僕の言葉を遮ると、一部訂正した。
「そりゃ裁判官が認めた、再現実験とかは採用するけどさ」
若者に訂正されたのが悔しいので、僕も知ってる知識を披露した。
「それって犯人が捕まってからでしょ?」
「別に証拠に使うわけじゃないですよ」
彼女はそう言うと、ニッコリ笑った。
「罠に嵌めるだけです」
「ちょちょちょ、それはもっとマズくない?」
いきなり物騒な事を言い出して、最近の若い奴は乱暴で困る。
「大体さ、魔法を使うって言うけど、僕たちじゃ使えないよ?」
「そこは、友人にツテがあるので」
「司法警察員じゃない人間を、捜査に入れるの?」
隠しカメラか、マイクで発言を拾ってんじゃいかと僕は辺りをキョロキョロと見渡す。
僕の方が罠に嵌められてるんじゃね?
「いやいや、ボイスレコーダーと同じですよ」
「ボイスレコーダー」
何やら怪しげな人形を持ち出した刑事には、僕の懸念は伝わらなかったようだ。
厄介な事に、この町では魔法の力が息づいている。古い力は基本的には無害だが、たまに我々のような法執行機関を困らせてくれる。
嘆かわしいことに少し前までは魔法少女を名乗る未成年者集団が、過剰な魔力で犯罪者に私的制裁を加えていた。
魔法少女たちは最近はなりを潜めたが、非合法スレスレのアイテムを売る連中や買う連中は少なくない。
例えば、僕の目の前で怪しげな人形の使い方を説明している刑事もその一人だ。
「とりあえず、こうやって釘を打ち込めば、オッケーと言われました」
「それ、ホントに使うの? やめとこうよ」
僕は半ばあきらめながら、説得した。
「一ノ瀬検事、よく聞いてくて下さい」
すると刑事は、僕の目を見ながら立ち上がった。
アイコンタクトは苦手だから、やめてほしい。
「犯人はあたしたちを、馬鹿にしてますよ?」
「うん?」
いきなり話の方向性が変わったので、僕は戸惑った。
「そりゃ、まあ、アレだ警官殺しだしね」
「身内を傷つけられて、平気でいられませよね?」
「そ、そりゃね……」
お前みたいな部外者にはわかるまい。口にこそしないが、そう言われているようで居心地が悪い。
「お前たちには捕まえられない。今までの犯行で、奴はそう言ってるも同然です」
今まで見た一番おっかない顔で彼女が言うものだから、さすがに僕も腰が引けてきた。
「ですから、こちらもそれなりの方法で犯人を追い詰めて行きます」
「それなりの方法って?」
できる事なら、聞きたくなかったがこうなると聞かざるワケにはいかない。
「復讐です。絶対に許さない、それを奴に思い知らせてやるんです」
彼女、関根環刑事は、そう言ってニッコリ笑った。
今後の二日にいっぺんぐらいのペースでアップロードする予定です。
次回は明日8月4日の午前8時に公開予定です。