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20 一周目 2

前回のあらすじ・妹の死をきっかけに、ディートハルトは『予見の獣』として覚醒した。


2◇◇◇


 アタシは、ネムの遺体を抱きしめたまま、高台から燃える王都を眺めていた。

 

 竜の大暴走(スタンピード)


 それも、竜種の中でもっとも攻撃に特化した、火竜のスタンピードだ。

 アタシに血をくれた小さな火竜は、火竜王の息子だった。

 アタシが取り落とした血の小瓶を拾ったカタルシスは、それを元に何らかの術を展開したらしい。

 ネムを助けるために竜の血が必要だなんて、真っ赤な嘘だった。

 血は魂。

 アタシに渡してくれた僅かな血を媒体に、竜の力を根こそぎ奪われかけ、火竜の王子は死にかけた。

 それを黙ってみているような火竜ではない。

 人が竜を害するならば、人の国ごと滅ぼしてしまえばいい――……

 王都の全てをなぎ払うスタンピードの最中に、カタルシスの術は破壊されたらしい。王子は回復した。

 何故知っているかといえば、わざわざペイジが説明に来たからだ。原因となったアタシをあえて殺さず、この惨状を見せつけて。


「ふふ、なんて好都合なのかしら」


 デントコーン王国王都、ハーベスタは滅ぶ。

 国の最高戦力だった元勇者の国王陛下も、戦略級の大魔道士と呼ばれた王太后陛下も、Sランク冒険者達も、竜の群れには適わなかった。

 アタシ自身が殺すのは困難な人達は、みんなみんな竜の群れが殺してくれた。


「ねぇ、見える、ネム? 燃えていくわ。貴女が守り、貴女を虐げた王都が」


 ローゼワルテの皆は、王都を襲う竜とは戦わせず、ひたすら逃げに徹させた。

 誰よりも竜を知り、脅威をも知るローゼワルテの家人達は、ほぼ誰も欠けることなく生き残った。

 ネムを守って死んだイリヤとキサラを除いては。

 生き残った皆の表情は暗い。あるいは唇を噛み、あるいは拳を握り込み。


 王都を見下ろす高台、ローゼワルテ領の端に集まったアタシ達の元に、死んだはずのネムのメイド、イリヤが息も絶え絶えにたどり着いたのは、夜明け頃のことだった。

 イリヤは泣きながら、途切れ度切れに、ネムの最期を語ってくれ――そして、夜が明けきる前に力尽きた。

 イリヤが話せたのはほんの僅かだったけれど、覚醒した十字狐の能力が、触れた人間の記憶を読み解く。


 ネムは、望まれて婚約したはずのシルバーコーン公爵家で、迫害されていた。

 カタルシスは、外面こそ取り繕っていたものの、内面はガチガチの血統主義者だった。


 デントコーン王国は、牛の獣人である初代王が興した国。王族も高位貴族も、ほぼ全てが牛の獣人で、貴族と名の付くものは、大部分が有角の種族だった。

 そんな国の伯爵家に、カヤネズミの獣人として産まれたネム。

 幸いにもローゼワルテ伯爵家は実力主義の家で血統主義とは縁遠く、ネムは家人達に愛されて、領地を駆け回りのびのびと育った。

 小さい頃から虫が好きで採集や研究に情熱を注ぎ、王都を蝕もうとしていた寄生虫病や多くの人の役に立つ虫を発見したネムは、その功績を認められ、公爵家嫡男カタルシスの婚約者となった。

 婚約の席で、公爵もカタルシスもネムの能力を大いに褒め、困窮していた伯爵家への援助と引き換えに婚姻を待たず公爵家に来て欲しいと熱心に口説いた。


「カタルシスが、生きていればいいのにね。アッサリ竜に殺されるなんて生ぬるいもの。ネムが苦しんだ分、アタシの手ですこぅしずつ引き裂いてやりたいわ」


 公爵家は、準王族とも呼ばれる。

 ガチガチの血統主義者の巣窟だった。

 尾に毛がない野ネズミの獣人であるネムは、『毛無シ』『角無シ』と侍女やメイドからすら嘲られ、軽んじられた。さらに公爵の母であるバベシアや妻のリディアはカタルシス以上の血統主義者で、ネムを蛇蝎のごとく嫌い追い出そうとしていた。

 特にネムの母親、マリアベル奥さまの親族であるリディア夫人は、それゆえにネムの研究を認めなかった。ネムが公爵に認められた功績は全て死んだマリアベルから盗んだものなのだろうと、ネムを『盗人』『汚らわしい』と憎み蔑み続けた。

 それで追い出されたならまだ良かった。しかし当主である公爵自身がネムを高く評価していたことから、ネムは婚約破棄されることも追い出されることもできずに……ネムは食べるものにも着るものにも事欠きつつ、ひたすら研究だけをやらされた。国の宰相を務める公爵は、ほぼ公爵邸には戻らず、屋敷での仕打ちに気づかなかった。 


 カタルシスがネムをいたぶるネタには、アタシのことも含まれていた。


『お前の姉、震いつきたくなる美人だよなぁ。知ってるぞ? 遊廓で育ったんだってな。わざわざ遊廓で産まれた遠縁の娘を養女にするなんて、お前の父親も好き者だよな。可哀相になぁ、ネリー。父親は寝たきり、大事なローゼワルテは父親の愛人に乗っ取られて。いや、可哀相なのはマリアベル叔母様か。伯母様も伯爵も、案外ディアーナ嬢に一服盛られたんじゃないのか?』


 根拠のない憶測をさもさもげに告げるカタルシスに、ネムは『父さまもディータもそんな人じゃないです』と震えながら言い返したけれど、カタルシスはニヤニヤ笑った。


『事実なんてどうでもいいんだよ。俺がこのことを社交界で広めたら、ローゼワルテはどうなるだろうなぁ? やめて欲しいなら、もっと金になる研究成果を出せよ。この高貴な俺が、わざわざ毛無シ角無シのお前なんかの相手をしてやってるんだぞ。あーあ、婚約者がディアーナ嬢だったらまだ楽しめたのになぁ。角がないのは同じだが、お前と違ってとんでもない美女だ。お前が借金を返せなかったら、ディアーナ嬢に返してもらうのもアリだよなぁ』


 泣きながらやめてとすがるネムを、カタルシスは蹴飛ばした。

 

『俺に触るな、この虫ケラが』


 ネムは、公爵家に貢献し続けた。

 けれどある日、カタルシスから決定的な指令を言い渡される。


『王太后を知ってるか? 魔法の強さで先代クレイタス陛下の正妃の座を脅し取り、さらに側妃は許さないとほざいた平民だ。気にくわないが、その生ける伝説が他国の侵略を防ぐ抑止力になっているのは事実だ。この大陸でも有数のウチの国が、たかが平民に守られているんだぞ。国を守るのは、国の柱たる公爵家……つまりこの俺じゃなくちゃならない。抑止力に足る力が必要なんだ』


 数万、数十万の人間を殺せる力を。

 諾々と従うよう躾けられたネムは研究を始めた。そして住血吸虫という寄生虫を発見する。川の貝に住み、川に入った動物に寄生する。今は消えた山奥の村で風土病と呼ばれていた病の原因生物だった。

 その宿主である貝を敵地の川にばらまけば、原因不明の病が蔓延する。

 さらにもう一つ、ネムが防ごうと研究を重ねていた蝗害。

 研究の逆をやり、人工的に蝗害を発生させることが出来れば、一つの国を壊滅させることだって可能になる。

 論文にまとめかけて……ネムは気付いた。これは、抑止力なんていう『力』じゃない。抑止力は、王太后陛下の雷魔法のように、相手に派手に存在を知らしめてこそ効果がある。

 寄生虫は――いやむしろ、ネムが可能とする『力』は、相手に知られていない状態だからこそ効力を発揮する。『うちの国を攻撃したら、そっちの国で病や災害が起こるぞ』なんて言ったところで、ホラ話かオカルトだとしか思われない。

 これは……密かに他国を侵略するための『力』だ。本当に、人を殺すための。


 ネムは論文と、研究対象を焼いた。

 殴られても蹴られても、カタルシスに『力』を渡さなかった。

 カタルシスは、ローゼワルテやアタシを潰すと脅し――もう既に抵抗するだけの体力も精神力もなくなっていたネムは、死のうとした。

 けれど、それを察知したイリヤとキサラが首の皮一枚で自死を止め、ネムをなんとか亡命させることにした。ネムは、隣国ソイ王国で流行っていたマラリアの原因が蚊だと突き止め、ソイ王家から貴族位も賜っていた。ソイ王家なら、公爵家からとて守ってくれるに違いない……。


 走ることもできないネムを抱え、逃亡ルートは慣れた魔物の領域を選んだ。

 闇に乗じて逃げる三人の前に現われたのは――公儀隠密。

 魔物には慣れていた二人も、同レベルの隠密に囲まれては逃げ切れなかった。キサラは殺され、イリヤは大量に出血しながらも種族特性で死体に化けた。

 なんとか隙を突いてネムを取り戻そうと……

 そこに現われたのは、カタルシスだった。 


 そうして、カタルシスはまるで虫の手足をもぐように、倒れたネムの腕を引き千切り、喉を潰した。


『他国の王族のためには断ったが……最愛の妹のためになら、どうするだろうなぁ? ディアーナ嬢は? 竜の血を獲ってくるとは思わないか? なぁネリームーア』


 そう笑いながら。

 こらえきれずに飛び出したイリヤは、隠密達に取り押さえられた。


 アタシが傷ついたネムを見つけパニックになっていたとき、イリヤは生きてすぐ近くにいたのだ。

 アタシを送り出したカタルシスは、処置を続ける治癒魔法士に愉快そうに言った。


『死なせるなよ? ディアーナ嬢が失敗して戻ってきたら、再び向かわせるエサになる。ローゼワルテの総力を挙げて竜に挑んでくれるだろうさ。もっとも、血さえ手に入れてくればネリームーアは用済みだ。始末してディアーナ嬢の絶望した顔を拝むのも一興だな。ああ、さっきの顔はゾクゾクするくらいヨかった』


 イリヤは腹を刺されキサラと同様に縛られて魔獣の巣に放り込まれ――……


「ありがとう……最後までネムを守ってくれて。ゆっくり眠って」


 悔しい、悔しいとすすり泣きながら全てを語ったイリヤは、糸が切れるように息を引き取った。

 生きているのが不思議なほどの出血量で、ここまで命をもたせたのは、この事実を告げずに死んでたまるかという執念だけのようだった。


「アタシの、せいね」


 なんて、アタシは見る目がなかったんだろう。

 カタルシスの外面にだまされて。

 ネムを大切にするという言葉を鵜呑みにして。

 ネムを守っているつもりで。

 最悪の相手に、ネムを託した。

 なんて、愚かで、幼稚で、無知で。


『ディータのことは、ネムお姉ちゃんが守ってあげるのです!』


 アタシが養子に入ったときの、ネムの言葉が耳に木霊する。

 ローゼワルテではネムの方がお姉さんだからと。

 ネムは、アタシを守ってくれていた。

 命がけで。尊厳を失ってまで。

 それなのに、アタシは?


 側にいないことが、ネムのためだと思い込んで。


 黒い翅のトンボが、湧き上がるように飛び立っていく。

 まるで、王都から逃れようとする魂の群れのように。

 赤い髪が、風になぶられ空へと舞い上がる。

 その中に、黒く変色した髪が混ざる。

 炎と闇の色。激情と妄執の色だ。

 未来を視た、十字狐の証。

 絶望の味を知る力。


「滅ぼしてあげるわ。この国も。世界も……ねぇ、そうでしょ? ネムお姉ちゃん。楽しみにしていて」


 抱きしめたネムの冷たい体。この体にぬくもりを戻すためなら、なんだってしてみせる。

 そうしてアタシは、世界を滅ぼす悪役になった。  

 


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