第1部第6章 やっかみ
中高時代、里穂はずっと名門女子校で過ごしてきた。
その間、身長が高いことをからかわれたことは多少あったが、基本的には目立たない存在だった。
“おとなしくて勉強ができる子”。それが周囲の評価であり、彼女自身の自覚でもあった。
しかし、今――
HORIZON GYMという、多種多様な人々が集う空間に身を置くようになって、
里穂はある“変化”に気づきはじめていた。
「……なんか最近、視線を感じる……」
鏡越しに目が合う。
ウェイトエリアでフォームを確認していると、誰かの視線が突き刺さる。
特にランニングマシンを使っているとき、複数の方向から“じっと見られている感覚”に襲われることがあった。
胸だった。
トレーニングで上半身が引き締まり、相対的にバストが目立つようになったこと。
服のラインや揺れに、知らず知らずのうちに目を引いてしまっていた。
自分では、ただ普通に鍛えていただけ。
でも、外から見れば“女としての身体を主張している”ように映るのかもしれない。
実際、男性会員がトレーニング中に近づいてきて話しかけてきたり、連絡先を渡してきたり、お茶に誘われることも数度あった。
丁寧に、でもはっきりと断った。
“そういう場所じゃない”というのは、ここに来ている誰よりも自分が強く思っていた。
けれど、それだけでは済まなかった。
「……あの子、さ、わざとじゃない?」
「胸、揺らしながら走ってるし。男の目、ひいてるよね」
そういう“声”が、聞こえるようになった。
年齢も近い女性たちのグループが、わざとらしく会話をしながら自分のほうを見る。
もちろん、全員がそういうわけではない。
トレーニング仲間として励まし合える女性もいれば、親切なスタッフもたくさんいる。
でも――ほんの一部の“冷たい目”が、どうしても気になってしまうのだ。
「……私、そんなつもりじゃないのに……」
戸惑いと、申し訳なさと、ほんの少しの怒り。
心の中に、これまで感じたことのない感情が芽生えていた。
それでも――
この場所が嫌いには、なれなかった。
ひなたに教わった服選びや髪型の工夫も、自分では気に入っていたし、
なにより、自分の身体が変わっていくこのプロセスを、誇りに思っていた。
「他人の目なんて、気にしない!」
そう強く言い切れる性格ではない。
だけど、それでも。
「私は、この場所で、自分を育てたい」
そう思う気持ちは、揺らがなかった。