第1部第5章 想定外の成長と発見
「……あれ? これって、私……」
マシンに表示された数値を見て、里穂は思わず息をのんだ。
ウェイトの重量が、またひとつ上がった。
記録表に目を落とすと、3ヶ月前の自分とは、まるで別人だった。
もともと身長が高く骨格がしっかりしていたこともあり、筋力の伸びは順調だった。
トレーナーからも「女性としてはかなり珍しい成長ペース」と言われるほど。
気づけば、パワーもスピードも、平均的な一般男性を上回っていた。
「……え、私ってそんなに運動できたんだ?」
運動神経が悪い――そう信じ込んでいた18年間。
実は“やってこなかっただけ”だったのかもしれない。
ある日、ジム主催の能力測定会が行われた。
反射神経、動体視力、瞬発力などをチェックするプログラムだったが、
そこで里穂は、トレーナーたちの目を丸くさせた。
「この反応速度……格闘系の競技経験、ないんですよね?」
「ないです。高校までは、ほぼ運動ゼロで……」
「……マジか……」
それは、想定外の評価だった。
いや、里穂自身にとっても想定外だった。
それまでの彼女は、あくまでも“健康のため”に体を動かしてきた。
ある日久々にジム内の奥にある格闘技スペースで繰り広げられるミット打ちやスパーリングの様子を少し見に行ってみた。
入会の申し込みに来た時は、自分とは別世界だと思ってまともに見もしなかった場所。
今回は、いつの間にか目を奪われた。
身体の使い方。
相手との距離感。
その“読み合い”の緊張感。
「……なんか、面白そう」
7月。
里穂は意を決して、総合格闘技の入門クラスに参加してみることにした。
最初は構えひとつすらおぼつかなかったが、
“自分の体”だけでなく、“相手の体”を見ること、
そしてそこから判断して動く――その感覚に、驚くほど夢中になっていった。
知性が、反応に変わる。
直感が、技術に変わる。
勉強して得た知識と、身体が結びついていく感覚。
それはまるで、新しい言語をひとつ覚えたような喜びだった。
ある日、大学からジムに向かおうかという時、ひなたに声をかけられた。
「なんかさ、里穂、スタイルよくなってない?ってか、マジで最近見違えるわ」
そう言ってじっと見つめられ、思わず身を引く。
「え、そうかな……」
「うん。しかも顔立ちも元が整ってるんだから、もっと服とか髪とかちゃんとすれば絶対映えるって。
もったいないって。まじで。お姉さん的アドバイス!」
「そ、そういうのよくわかんなくて……」
「ふふ、ま、私がそのうち指南してあげるよ。あんた、カワイイんだから。自覚しなさいな」
ひなたの言葉が、少しくすぐったかった。
でも、悪い気はしなかった。
“運動ができない子”“勉強しかできない子”と思い込んでいた昔の自分が、
少しずつ、確かに変わってきている。
その変化が、自分でも楽しみになっていた。