第1部第23章 聖夜の再戦
2026年12月24日、クリスマスイブ。
HORIZON GYMに、あの男が帰ってきた。
「うおーっ!」「帰ってきたぞ世界王者!!」
「見た見た!KOだったなあれ!マジでかっこよかった!」
田中遥輝。70kg級世界王者として、日本の地に凱旋。
腰には、キラリと輝く金色のベルト。
ジムの仲間たちに囲まれ、祝福の嵐を浴びていた。
「すごいっすよ田中さん、やっぱり有言実行ですね!」
「これから祝賀会だな!飲みに行こうぜ!」
そう盛り上がる空気の中――
田中は、苦笑しながら手を上げた。
「……すみません、今日はちょっと疲れてて。
また後日、改めてお願いします」
「えー!?イブに何も予定ないなんて言わせねぇぞー」
「ははん、さては彼女に祝ってもらうつもりだな?」
「なーんだよ、そりゃ野暮なこと言ったな、悪い悪い!」
冗談混じりの茶化しに、田中は首を横に振って応じる。
「いや、そんなんじゃないっすよ」
そう言い残して、田中はHORIZON GYMをあとにした。
***
23時前、HORIZON annexの前。
イルミネーションの残光が路地をやわらかく照らすなか、
一人の少女が、静かに立っていた。
森川里穂。
ひなたに選んでもらった白のロングコートに身を包み、
ほんのりと淡いピンクのマフラーを巻いている。
それだけで、通りすがりの誰もが振り返るほどに――
彼女は、今夜“特別な女の子”だった。
そこへ、足音が近づいてくる。
「……待たせたな」
振り向くと、田中がいた。
片手には、あの世界ベルト。
もう片方には、小さなクリスマス仕様の紙袋。
「アメリカで、君へのお土産。……あんまりセンスないけど」
「ありがとう……」
里穂は、それだけで顔を赤らめた。
しかし、田中は――
その里穂を見て、しばらく言葉を失っていた。見惚れていた。
白いコート。
柔らかく巻かれた髪。
ほんのり色づいた頬と、つぶらな瞳。
「……こんな可愛い女の子と、今から世界王者になった俺が戦うのか……」
思わず、小さくつぶやいていた。
だが、すぐに自分を引き締め直す。
今夜は、ただの再会ではない。
(この女の子は、俺の最大のライバルなんだ)
(この子を越えないと、俺は前に進めない)
田中は、ジムの扉を開きながら、静かに言った。
「クリスマスイブにごめんな。
彼氏とデートじゃなかった?」
「……そんなのいないって、知ってるくせに!」
「いや……ジムでの君しか知らないから。
プライベートまでは知らない」
その生真面目な返しに、思わず里穂は笑ってしまった。
「……ほんと、田中さんってそういうとこズルい」
ふっと空気が和らいだ。
だが、次の瞬間、田中の目は再び鋭さを帯びる。
「約束通り――
改めて君の“強さ”をリングの中で教えてくれ。
俺も、世界で身につけた力を、君にぶつける」
リングの上、再びふたりが向かい合う。
誰もいない観客席。
ただ二人の呼吸音と、心臓の鼓動だけが響いていた。
ゴングが鳴る。
聖夜の静寂を破るのは――
ふたりの拳が織りなす、“もうひとつのクリスマス”だった。




