第1部第22章 世界70kg級王者 田中遥輝
2026年12月22日、アメリカ・ラスベガス。
70kg級世界タイトルマッチのリングに、田中遥輝の姿があった。
相手はアメリカ人王者。体格、経験、実績――どれをとっても申し分ない世界トップレベルのファイター。
だが田中は、その王者相手に一歩も引かなかった。
序盤は互角の攻防。
だが、終盤――5R。
絶妙な距離から繰り出された右のストレートが、王者の顔面を捉えた。
レフェリーが飛び込む。
――KO勝利。
日本中が沸いた。
田中遥輝、世界王者の誕生だった。
*
その頃、東京ではHORIZON GYMでのパブリックビューイング。
ジム仲間が集まり、スクリーンを前に声援を送っていた。
その中心に、森川里穂の姿があった。
「田中さん……おめでとうございます」
画面の中で拳を掲げる田中の姿に、自然と涙がこぼれた。
心の底から嬉しかった。尊敬していた。そして、誇らしかった。
(……でも)
心のどこかで、冷静な“もう一人の自分”がいた。
スロー再生で流れる試合の映像を見て、ふと思ってしまう。
(あの展開、こう動けばもっと早く決められたかも……)
――自分なら、どうだっただろうか。
少し怖くなるほどに、“戦術”が頭に浮かんでいた。
(私……田中さんより、もう上なのかもしれない)
自分でも信じたくない感情だった。
だが、それが「真実」に近いことも分かっていた。
(だからこそ……ちゃんと戦わなきゃ)
*
イブの夜、田中にお祝いを言いに行く、と言った瞬間。
隣にいたひなたがすかさず言った。
「えっ、イブに世界王者と会うの!? あんた何者よ!」
「いや、ほんとに“お祝いを伝えるだけ”で……!」
必死に否定する里穂だったが、
ひなたはお構いなしに、翌日一式の衣装を持ってきた。
「はいっ。かわいいコートもバッグも靴も、ぜーんぶ用意したわよ。
この服を着て、ちゃんとその男を落としてくるのよ」
「……落とすって、何よ」
「何よじゃないよ。
あんたのそのかわいさに落ちない男なんて、いないっての。
……まあ、身長高い女が苦手な男は嫌うかもだけどね」
「はいはい、もう黙って」
そう言って、里穂は軽くひなたの頭を小突いた。
クリスマスイブの夜。
世界王者と、自分のすべてをぶつける――その時が、もうすぐそこに迫っていた。




