第1部第21章 それぞれの世界を目指して
田中は、世界タイトルマッチに向けてジムを離れた。
試合の舞台となるアメリカ・ラスベガスで、最終調整に入るためだ。
いよいよ、世界が手の届く場所にある。
その一方で――
里穂は、変わらず東京での日常を続けていた。
ジムでのトレーニング、男子とのスパーリング、そして東大医学部の講義。
毎日が慌ただしく、けれど充実していた。
ただ、スパーリングでは以前と同じように「勝ちきらない」戦い方を選んでいた。
相手の顔を立て、自分も余計な波風を立てずに済む“均衡”のとれた試合運び。
だが――
(もう「負けるかも」と思うことは、ないな……)
そう思ってしまうほどに、里穂の強さは、すでに次元を超えていた。
けれど、それでも“挑戦”は終わらなかった。
(田中さん、きっと世界を獲って帰ってくる……)
世界王者として戻ってくる彼に、もう一度全力で向き合いたい。
その再戦のとき、自分はどこまで進化できているだろうか。
――それが、今の里穂の、唯一無二のモチベーションだった。
ふと、入会当初のことを思い出す。
「ダイエットのため」「少しでもスリムになれたら」
最初は、そんなささやかな願いだった。
けれど、1年以上経った今――
身長173センチ。体重70キロ。
数字だけ見れば、入会当初とほとんど変わらない。
胸のサイズも、豊かなGカップをそのままキープしている。
しかし――
中身は、まったくの別物だった。
良質な筋肉が全身に行き渡り、脂肪のバランスも最適化されていた。
数値では測れない“動ける身体”、“戦える身体”へと、里穂は確実に進化していた。
それでも、ボディラインはどこまでも女性的だった。
凛とした強さの中に、しなやかな美しさが宿っていた。
「私、ここまで変われたんだ……」
鏡越しに映る自分の姿に、少しだけ笑みを浮かべた。
これはまだ、道の途中。
でも確かに、あの日“踏み出した一歩”は――
今の自分を、ここまで運んできてくれたのだった。




