第1部第16章 対等の証明
田中遥輝。現役70kg級日本王者。
その彼が、ある日、里穂を呼び出した。
「今度、周りに誰もいない場所で、もう一度だけ俺と戦ってほしい」
突然の申し出に、里穂は思わず戸惑った。
「……この前、私、思いっきりKO負けしたばっかじゃないですか? なんでまた?」
笑ってごまかすように言ったその言葉に、田中は静かに答えた。
「君はあのとき、僕に気を使ってくれただろう。
本気で戦っていなかった。俺にはわかる。
だから、今度は――誰にも見られないところで、本当の君を見せてほしい」
「そんなこと……ないですよ。私、必死で戦いました」
「君は優しい。だからこそ、今度は本気で来てほしいんだ」
そう言って、田中はHORIZON GYMの系列施設――
少し離れた場所にあるプライベートスタジオ「HORIZON annex」の鍵を見せた。
「来週の4月11日、23時。そこで待ってる」
偶然だけど、20歳の誕生日の前日か。
日付をきいて一瞬そんな呑気なことを思ったが、すぐに現実に引き戻される。
──23時にわざわざスタジオを予約して、二人きりで勝負を申し込む。
状況だけ見れば、正直ちょっと怪しい。普通なら警戒されても仕方がない。
「田中さんは無口だけど、絶対に変なことする人じゃない。──なんとなく、そう思える」
それでも、深夜の人気のない場所に行くという事実は、少しだけ胸をざわつかせた。
でも、怖くはなかった。
むしろそれ以上に、「自分の強さを証明したい」という思いが勝っていた。
田中が“自分の本気”を見たいと思ってくれている。
それが、ただただ嬉しかった。
そして――
この夜は、間違いなく、自分の人生を変える夜になる。
そんな予感が、していた。