第1部第11章 女としての視線
「ねぇ里穂、ちょっとさ……一回、私に任せてくれない?」
ある日の講義後、突然ひなたがそんなことを言い出した。
「えっ、何を?」
「衣装だよ。スタイルよくなったんだから、もっと自覚しなさいな!」
最初は冗談だと思って笑った。
だが、ひなたは本気だった。
それから数日後――
ひなたは自作のメジャーと布見本を抱えて、里穂の部屋にやってきた。
「さーて採寸すっかぁ!」
「……ちょっと、ほんとにやるの!?」
「やるよ当然!こんなに素材がいいんだから!あんたの身体、私の創作意欲を刺激しまくるんだから!」
やたらとテンションの高いひなたに引っ張られるように、メジャーを巻かれていく。
「うわ、ウエスト細っ。でもバストは……ふふ、いいわねぇ、これぞゴールデンプロポーション……!」
興奮気味に寸法を記録していくひなたを見て、
里穂は思わず顔を赤らめながら苦笑していた。
「……なんか、恥ずかしいんだけど」
「照れるな照れるな。美は堂々としてこそ! ちゃんとかわいく仕立てるから、お楽しみに!」
***
数日後、完成した衣装は――
華やかなリボンとフレアの入った、グリーンのチェックのワンピースだった。
普段の野暮ったい服装とはまるで違う、“女の子”らしい一着。
ひなたが丹精込めて作ってくれたこともあって、断る理由はなかった。
「ちょっとキャンパスに来ていくぐらい、付き合いなさいな!」
言われるまま、試しに一度その服を着て大学へ向かった。
***
……視線を、感じる。
それはこれまでジムで浴びたものとは、まったく別の質だった。
ランニングで汗を流す体に向けられた“動き”への視線ではなく、
この服が、顔が、身体のラインが――
“女”という存在として、確かに注視されていた。
(……見られてる)
すれ違う男子学生の目。
ちらっとこちらを見て、目をそらす仕草。
あるいは隠しもしないまなざし。
どれも、悪意ではない。
でも、明確だった。
「男の人って、こんなふうに女を見るんだ……」
驚きと、わずかな怖さ。
そして――不思議と、誇らしさもあった。
私は、変わったんだ。
少し前まで、“運動もファッションも苦手”だと思っていた自分が、
今はこんなふうに誰かの目を引いている。
でも、同時に思い出していた。
(私、この前、男の人に――勝ったんだよな)
視線を向けてくるその男子たちが、
もしスパーリングのリングで対峙したら、自分が勝つかもしれないという事実。
そのアンバランスが、妙に胸に残った。
“女性である”ということ。
“強い”ということ。
両方が、今の自分には確かにある。
でも、それが両立しているという感覚は、まだうまく飲み込めていなかった。
衣装はそれから、あまり外で着ることはなかった。
ひなたには申し訳なかったけれど、
“見られること”に慣れるには、まだ時間がかかりそうだった。
それでも――
自分という存在が、目に見えて変化していることだけは、否応なく実感していた。