↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

【オムニバスSS集】青過ぎる思春期の断片

本当の私を、匿して、護って

作者: 津籠睦月
掲載日:2025/04/27

 ありのままでいい、なんて、耳触(みみざわ)りが良いだけのフワフワした“綺麗事(きれいごと)”だよね。

 だって、この世界は“素(す)の私”をそのまま受け入れてくれるほど優しくない。

 ありのままの私がトロトロした鈍臭(どんくさ)い人間だと、普通に厭(いや)な顔をされる。

 ありのままの私が周りをイライラさせれば、虐(いじ)めの標的(ターゲット)にされることもある。

 世間なんて、まだまだ全然“ありのままのその人”を受け止め切れるほど、器が深くも心が柔軟(じゅうなん)でもないんだ。

 ありのままでいたいなら、誰(だれ)にも見つからない孤独(こどく)な場所で、ひっそり自分を解(と)き放(はな)つしかない。

 だけど今の私には、独(ひと)りで生きられるだけの財も、孤独に耐(た)えられるだけの心も無い。

 だから、人の中で生きるしかない私は、自分を詐(いつわ)る。

 本当の私を匿(かく)して、違(ちが)う私を作って演じる。

 仕方(しかた)ないよね。

 だって本当の私はたぶん、他人(ひと)に好かれる人間じゃないから。

 

 本当の私は、他人と喋(しゃべ)るのが嫌(きら)いだ。

 だって、私は自分に自信が無いから。

 それに他人は、ちょっと弱みを見せるとすぐ馬鹿にして虐(いじ)めてくるから。

 ……少なくとも、私はそうされた(・・・・・)から。

 未(いま)だに、心の底にトラウマがあって、ビクビクしてしまう。

 

 ひとりぼっちになりたくないから、頑張(がんば)って他人と会話する。

 だけど、いつ素(ほんとう)の私がバレないかと、常(つね)にドキドキしている。

 本当の私を知られてしまったら、また何か悪いことが起こるんじゃないかと、いつも心がザワザワして落ち着(つ)かない。

 必死に恐怖を隠(かく)して、平気そうに振(ふ)る舞(ま)う。

 だけど、そんな怖(こわ)がりな気持ちさえ見透(みす)かされてしまうんじゃないかと、ヒヤヒヤしっ放(ぱな)しで、余計(よけい)に恐(おそ)ろしい。

 

 自分でも分かってる。

 こんな陰気(いんき)でウジウジした人間、虐(いじ)めの標的(ターゲット)にはされても、クラスの人気者になんてなれない。

 高望みなんて、最初(はな)からしてない。

 誰かから特別に好かれようなんて思わない。

 だけどせめて、誰からも攻撃(こうげき)されず、平穏無事(へいおんぶじ)に生きていたい。それだけなんだ。

 

 詐(いつわ)りの私は“周り”を観察する。そして、それに合わせる。

 空気を読んで“その場に求められる人間”に擬態(ぎたい)する。

 誰かがケラケラ笑うなら、私も同じようにケラケラ笑う。

 プリプリ怒(おこ)りだすなら、一緒(いっしょ)にプリプリ怒ってみせる。

 共感(・・)は大事だ。

 周りと同じ(・・)感情でいられないと、仲間認定(にんてい)から外(はず)されて虐(いじ)められかねない。

 本当の私の感情がどうかなんて、関係ない。

 だって皆(みんな)が求めているのは、多様性(たようせい)より“気の合う(・・)友達”なんだ。

 “気持ちの方向性が違(ちが)ってもつき合える”なんて、そんな高度な友情を育(はぐく)める人間、この辺じゃ探(さが)しても見つからない。

 うっかり“反対の気持ち”を表して敵視(てきし)されないよう、いつも慎重(しんちょう)に周りの出方を窺(うかが)う。

 

 周りに流されるばかりで、中身も自分も無い、詐(いつわ)りの私。

 その場その場を凌(しの)ぐためだけの仮初(かりそめ)の人格(キャラ)は、ブレブレで安定しない。

 こんな実の無い“偽物(にせもの)”で人づき合いすることに、後ろめたさが無いわけじゃない。

 本音(ほんね)も匿(かく)しているから、踏(ふ)み込(こ)んだ関係も築(きず)けない。

 だけど、本当の私なんて出せない。

 だって、私はもう知ってしまった。

 “本当の私”は、虐(いじ)めの標的(ターゲット)にされるような人間なのだと。

 

 小学生のあの頃(ころ)、私の中の何が(・・)あの子たちの気に障(さわ)ってしまったのか、未(いま)だに分からない。

 そもそも、大(たい)した理由なんて無かったのかも知れない。

 虐(いじ)められた側が思うほど、虐めた側に篤(あつ)い動機(どうき)も重い感情もありはしない。

 きっと、ほんの浅い“好き嫌い”で軽々(カルガル)しく攻撃対象を決めつけてくるんだ。

 ほんの軽い憂(う)さ晴らし気分で他人を虐(いじ)めて、“飽(あ)きた”後には虐めた事実さえ簡単(かんたん)に忘れてしまえる。

 あの子たちにとってそれは、大(たい)した出来事(できごと)じゃないから。

 こっちは胸の奥の深い所をズタズタにされているのに。

 酷(ひど)い話だ。

 

 何が原因か結局分からないから、こっちはずっと怯(おび)え続けるしかない。

 人間(ひと)に虐待(ぎゃくたい)された犬か猫のように、ずっとプルプル震(ふる)えている。

 あの子たちは知りもしないだろう。

 胸に植(う)え付けられた恐怖は、世界の見え方さえ変えてしまう。

 私を取り巻(ま)くこの世界は、もう、幼い頃のような優しくキラキラした世界じゃない。

 だから私はあの頃から、ずっと私を匿(かく)して生きている。

 この寒々(サムザム)しく残酷(ざんこく)な世界から“本当の私”を匿(かくま)う。

 あの子たちのような“怖(おそ)ろしい誰か”に、また見つかってしまわないように。

 “詐(いつわ)りの私”を盾(たて)にして、誰からも見えないように匿(かく)すんだ。

 

 恥(は)ずかしいから“見せない”わけじゃない。

 みっともないから“隠(かく)す”わけじゃない。

 かけがえのない私だから“護(まも)る”んだ。

 あの子たちは、私を“生きる価値(かち)がないもの”みたいに扱(あつか)ってきた。

 だけど、私はそうは思わない。

 そう思わされて(・・・・・)堪(たま)るものか。

 あの子たちが、どんなにズケズケ悪口を言ってきたって、心の中で『あんた達の感想なんて求めてない』って反論(はんろん)してやる。

 あんな子たちに、私の価値を決める権限(けんげん)があって堪(たま)るものか。

 

 人間(ひと)は結局、皆(みんな)“自分”が可愛(かわい)くて、他人のことは“自分の物語の脇役(わきやく)”くらいにしか見えていない。

 だから平気で酷(ひど)い扱(あつか)いをしてくるし、自分勝手に相手の価値を決めつけてくる。

 自分はどこにいても“主人公”で、いつでも尊重(そんちょう)されるべき人間だと思っている。

 全然気づいていないんだ。

 そんな“自分”もまた、他の人間から見れば“人生の脇役(わきやく)”でしかないってことに。

 人間の立場なんて、見る人次第(しだい)でコロコロ変わる。

 私から見たあの子たちは、最低の悪役で、敵役(かたきやく)でしかない。

 “物語”だったら、散々(サンザン)に人格(じんかく)を否定(ひてい)され、言動(げんどう)のいちいちを叩(たた)かれる“悪い人間の見本”のような役柄(やくがら)だ。

 そんなことにも気づけないくらい鈍感(どんかん)だから、簡単(かんたん)に他人を虐(いじ)めたりできるんだろうな。

 

 マンガや小説やドラマの中なら、主人公が困難(こんなん)に陥(おちい)った時には、必ず“救いの手”が差(さ)し伸(の)べられる。

 だけど、現実はそうじゃない。

 人間なんて所詮(しょせん)、皆(みんな)“自分”しか見えていなくて、他人の痛みになんてそうそう気づいてくれない。

 他人に助けを求めることもできず、ギリギリの所で我慢(がまん)している子になんて、余計(よけい)に気づけるわけがない。

 この世界って、本当に残酷(ざんこく)だよね。

 黙々(モクモク)と耐(た)え忍(しの)ぶシンデレラで子どもに夢を見させておきながら、現実には助けてくれる魔法使いなんて一人もいないんだから。

 誰も助けてくれないから、自分のことは自分で護(まも)らなきゃいけない――誰からも救ってもらえなかったあの時、そう気づいた。

 力を持たない私にできる、唯一(ゆいいつ)の防衛策(ぼうえいさく)は“私”を匿(かく)すことだった。

 

 だけどこの頃(ごろ)、見えなくなることがある。

 “本当の私”が、どんな人格(キャラ)だったのか……。

 この頃(ごろ)、分からなくなることがある。

 私は、何を匿(かく)して、何を表に出せばいいのか……。

 “本当の私”と“詐(いつわ)りの私”が、私の中にグチャグチャに散(ち)らばって、どれが“私”か分からなくなることがある。

 “偽物(にせもの)”を演じる時間の方が長くなって、何が本当か分からなくなる。

 

 匿(かく)したのは、“私”を護(まも)りたかったからだ。

 他の誰に嫌われても、他の誰から否定されても、私にとってはこの“私”だけが唯一無二(ゆいいつむに)だから、傷(きず)つかないよう護(まも)りたかった。

 だけど、護りたかったはずの“本当の私”は、今もここにちゃんと居(い)るんだろうか?

 周りを真似(まね)するばかりのこの心は、いつの間(ま)にかスカスカの空(から)っぽで、もう“自分”も何も失(な)くなっているんじゃないか――そんな風にさえ思える。

 私は、自分に自信が無い。

 “自分”という存在(もの)がちゃんと在(あ)るのか、信じられない。

 

 あの頃のことは、あれから一切(いっさい)、顔にも口にも出していない。

 傷ついた心さえ匿(かく)してしまっているから、周りからは“もう立ち直ってピンピンしている”ように見えるかも知れない。

 だけど、忘れたわけじゃない。

 忘れられるわけがない。

 あの時つけられた傷は、きっともう一生、消えることがないんだ。

 

 あの虐(いじ)めが無かったら、今頃(いまごろ)どんな人生を送っていたのか、考えることがある。

 考えるたびに、灼(や)けつくような焦燥(しょうそう)で胸がヒリヒリする。

 きっと私は、人生で躓(つまず)くたびに、あの最悪な日々を思い出す。

 “詐(いつわ)りの私”に厭気(いやけ)が差(さ)すたび、“自分”を匿(かく)すことに胸が痛むたび、あのことさえ無かったら……と、堂々巡(ドウドウめぐ)りの思いにグルグル苦しむ。

 酷(ひど)いよね。

 どうして虐(いじ)められた側ばかりが、こんなに長い間、苦しみ続けなきゃいけないんだろう。

 

 虐(いじ)められた経験(こと)の無い人には、分かりもしないだろう。

 虐(いじ)めが終わっても、痛みが終わるわけじゃない。

 後遺症(こういしょう)のようなトラウマは、長々(ナガナガ)と尾(お)を引いて続く。

 “私”を匿(かく)していたら、この傷にも気づいてもらえないままなんだろうな。

 だけど、言いたくないし、見せたくない。

 もう終わったことなのに、いつまでズルズル引きずってるの、なんて言われたら耐(た)えられない。

 傷を抱(かか)えながら、それを誰にも言えずに匿(かく)すのは、傷つきたくないからだ。

 救われなくても、苦しいままでも――今はただただ、これ以上傷つきたくないだけなんだ。

Copyright(C) 2025 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。