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【オムニバスSS集】青過ぎる思春期の断片

本当の私を、匿して、護って

作者: 津籠睦月

 ありのままでいい、なんて、耳触(みみざわ)りが良いだけのフワフワした“綺麗事(きれいごと)”だよね。

 だって、この世界は“()の私”をそのまま受け入れてくれるほど優しくない。

 ありのままの私がトロトロした鈍臭(どんくさ)い人間だと、普通に(いや)な顔をされる。

 ありのままの私が周りをイライラさせれば、(いじ)めの標的(ターゲット)にされることもある。

 世間なんて、まだまだ全然“ありのままのその人”を受け止め切れるほど、器が深くも心が柔軟(じゅうなん)でもないんだ。

 ありのままでいたいなら、(だれ)にも見つからない孤独(こどく)な場所で、ひっそり自分を()(はな)つしかない。

 だけど今の私には、(ひと)りで生きられるだけの財も、孤独に()えられるだけの心も無い。

 だから、人の中で生きるしかない私は、自分を(いつわ)る。

 本当の私を(かく)して、(ちが)う私を作って演じる。

 仕方(しかた)ないよね。

 だって本当の私はたぶん、他人(ひと)に好かれる人間じゃないから。

 

 本当の私は、他人と(しゃべ)るのが(きら)いだ。

 だって、私は自分に自信が無いから。

 それに他人は、ちょっと弱みを見せるとすぐ馬鹿にして(いじ)めてくるから。

 ……少なくとも、私はそうされた(・・・・・)から。

 (いま)だに、心の底にトラウマがあって、ビクビクしてしまう。

 

 ひとりぼっちになりたくないから、頑張(がんば)って他人と会話する。

 だけど、いつ(ほんとう)の私がバレないかと、(つね)にドキドキしている。

 本当の私を知られてしまったら、また何か悪いことが起こるんじゃないかと、いつも心がザワザワして落ち()かない。

 必死に恐怖を(かく)して、平気そうに()()う。

 だけど、そんな(こわ)がりな気持ちさえ見透(みす)かされてしまうんじゃないかと、ヒヤヒヤしっ(ぱな)しで、余計(よけい)(おそ)ろしい。

 

 自分でも分かってる。

 こんな陰気(いんき)でウジウジした人間、(いじ)めの標的(ターゲット)にはされても、クラスの人気者になんてなれない。

 高望みなんて、最初(はな)からしてない。

 誰かから特別に好かれようなんて思わない。

 だけどせめて、誰からも攻撃(こうげき)されず、平穏無事(へいおんぶじ)に生きていたい。それだけなんだ。

 

 (いつわ)りの私は“周り”を観察する。そして、それに合わせる。

 空気を読んで“その場に求められる人間”に擬態(ぎたい)する。

 誰かがケラケラ笑うなら、私も同じようにケラケラ笑う。

 プリプリ(おこ)りだすなら、一緒(いっしょ)にプリプリ怒ってみせる。

 共感(・・)は大事だ。

 周りと同じ(・・)感情でいられないと、仲間認定(にんてい)から(はず)されて(いじ)められかねない。

 本当の私の感情がどうかなんて、関係ない。

 だって(みんな)が求めているのは、多様性(たようせい)より“気の合う(・・)友達”なんだ。

 “気持ちの方向性が(ちが)ってもつき合える”なんて、そんな高度な友情を(はぐく)める人間、この辺じゃ(さが)しても見つからない。

 うっかり“反対の気持ち”を表して敵視(てきし)されないよう、いつも慎重(しんちょう)に周りの出方を(うかが)う。

 

 周りに流されるばかりで、中身も自分も無い、(いつわ)りの私。

 その場その場を(しの)ぐためだけの仮初(かりそめ)人格(キャラ)は、ブレブレで安定しない。

 こんな実の無い“偽物(にせもの)”で人づき合いすることに、後ろめたさが無いわけじゃない。

 本音(ほんね)(かく)しているから、()()んだ関係も(きず)けない。

 だけど、本当の私なんて出せない。

 だって、私はもう知ってしまった。

 “本当の私”は、(いじ)めの標的(ターゲット)にされるような人間なのだと。

 

 小学生のあの(ころ)、私の中の何が(・・)あの子たちの気に(さわ)ってしまったのか、(いま)だに分からない。

 そもそも、(たい)した理由なんて無かったのかも知れない。

 (いじ)められた側が思うほど、虐めた側に(あつ)動機(どうき)も重い感情もありはしない。

 きっと、ほんの浅い“好き嫌い”で軽々(カルガル)しく攻撃対象を決めつけてくるんだ。

 ほんの軽い()さ晴らし気分で他人を(いじ)めて、“()きた”後には虐めた事実さえ簡単(かんたん)に忘れてしまえる。

 あの子たちにとってそれは、(たい)した出来事(できごと)じゃないから。

 こっちは胸の奥の深い所をズタズタにされているのに。

 (ひど)い話だ。

 

 何が原因か結局分からないから、こっちはずっと(おび)え続けるしかない。

 人間(ひと)虐待(ぎゃくたい)された犬か猫のように、ずっとプルプル(ふる)えている。

 あの子たちは知りもしないだろう。

 胸に()え付けられた恐怖は、世界の見え方さえ変えてしまう。

 私を取り()くこの世界は、もう、幼い頃のような優しくキラキラした世界じゃない。

 だから私はあの頃から、ずっと私を(かく)して生きている。

 この寒々(サムザム)しく残酷(ざんこく)な世界から“本当の私”を(かくま)う。

 あの子たちのような“(おそ)ろしい誰か”に、また見つかってしまわないように。

 “(いつわ)りの私”を(たて)にして、誰からも見えないように(かく)すんだ。

 

 ()ずかしいから“見せない”わけじゃない。

 みっともないから“(かく)す”わけじゃない。

 かけがえのない私だから“(まも)る”んだ。

 あの子たちは、私を“生きる価値(かち)がないもの”みたいに(あつか)ってきた。

 だけど、私はそうは思わない。

 そう思わされて(・・・・・)(たま)るものか。

 あの子たちが、どんなにズケズケ悪口を言ってきたって、心の中で『あんた達の感想なんて求めてない』って反論(はんろん)してやる。

 あんな子たちに、私の価値を決める権限(けんげん)があって(たま)るものか。

 

 人間(ひと)は結局、(みんな)“自分”が可愛(かわい)くて、他人のことは“自分の物語の脇役(わきやく)”くらいにしか見えていない。

 だから平気で(ひど)(あつか)いをしてくるし、自分勝手に相手の価値を決めつけてくる。

 自分はどこにいても“主人公”で、いつでも尊重(そんちょう)されるべき人間だと思っている。

 全然気づいていないんだ。

 そんな“自分”もまた、他の人間から見れば“人生の脇役(わきやく)”でしかないってことに。

 人間の立場なんて、見る人次第(しだい)でコロコロ変わる。

 私から見たあの子たちは、最低の悪役で、敵役(かたきやく)でしかない。

 “物語”だったら、散々(サンザン)人格(じんかく)否定(ひてい)され、言動(げんどう)のいちいちを(たた)かれる“悪い人間の見本”のような役柄(やくがら)だ。

 そんなことにも気づけないくらい鈍感(どんかん)だから、簡単(かんたん)に他人を(いじ)めたりできるんだろうな。

 

 マンガや小説やドラマの中なら、主人公が困難(こんなん)(おちい)った時には、必ず“救いの手”が()()べられる。

 だけど、現実はそうじゃない。

 人間なんて所詮(しょせん)(みんな)“自分”しか見えていなくて、他人の痛みになんてそうそう気づいてくれない。

 他人に助けを求めることもできず、ギリギリの所で我慢(がまん)している子になんて、余計(よけい)に気づけるわけがない。

 この世界って、本当に残酷(ざんこく)だよね。

 黙々(モクモク)()(しの)ぶシンデレラで子どもに夢を見させておきながら、現実には助けてくれる魔法使いなんて一人もいないんだから。

 誰も助けてくれないから、自分のことは自分で(まも)らなきゃいけない――誰からも救ってもらえなかったあの時、そう気づいた。

 力を持たない私にできる、唯一(ゆいいつ)防衛策(ぼうえいさく)は“私”を(かく)すことだった。

 

 だけどこの(ごろ)、見えなくなることがある。

 “本当の私”が、どんな人格(キャラ)だったのか……。

 この(ごろ)、分からなくなることがある。

 私は、何を(かく)して、何を表に出せばいいのか……。

 “本当の私”と“(いつわ)りの私”が、私の中にグチャグチャに()らばって、どれが“私”か分からなくなることがある。

 “偽物(にせもの)”を演じる時間の方が長くなって、何が本当か分からなくなる。

 

 (かく)したのは、“私”を(まも)りたかったからだ。

 他の誰に嫌われても、他の誰から否定されても、私にとってはこの“私”だけが唯一無二(ゆいいつむに)だから、(きず)つかないよう(まも)りたかった。

 だけど、護りたかったはずの“本当の私”は、今もここにちゃんと()るんだろうか?

 周りを真似(まね)するばかりのこの心は、いつの()にかスカスカの(から)っぽで、もう“自分”も何も()くなっているんじゃないか――そんな風にさえ思える。

 私は、自分に自信が無い。

 “自分”という存在(もの)がちゃんと()るのか、信じられない。

 

 あの頃のことは、あれから一切(いっさい)、顔にも口にも出していない。

 傷ついた心さえ(かく)してしまっているから、周りからは“もう立ち直ってピンピンしている”ように見えるかも知れない。

 だけど、忘れたわけじゃない。

 忘れられるわけがない。

 あの時つけられた傷は、きっともう一生、消えることがないんだ。

 

 あの(いじ)めが無かったら、今頃(いまごろ)どんな人生を送っていたのか、考えることがある。

 考えるたびに、()けつくような焦燥(しょうそう)で胸がヒリヒリする。

 きっと私は、人生で(つまず)くたびに、あの最悪な日々を思い出す。

 “(いつわ)りの私”に厭気(いやけ)()すたび、“自分”を(かく)すことに胸が痛むたび、あのことさえ無かったら……と、堂々巡(ドウドウめぐ)りの思いにグルグル苦しむ。

 (ひど)いよね。

 どうして(いじ)められた側ばかりが、こんなに長い間、苦しみ続けなきゃいけないんだろう。

 

 (いじ)められた経験(こと)の無い人には、分かりもしないだろう。

 (いじ)めが終わっても、痛みが終わるわけじゃない。

 後遺症(こういしょう)のようなトラウマは、長々(ナガナガ)()を引いて続く。

 “私”を(かく)していたら、この傷にも気づいてもらえないままなんだろうな。

 だけど、言いたくないし、見せたくない。

 もう終わったことなのに、いつまでズルズル引きずってるの、なんて言われたら()えられない。

 傷を(かか)えながら、それを誰にも言えずに(かく)すのは、傷つきたくないからだ。

 救われなくても、苦しいままでも――今はただただ、これ以上傷つきたくないだけなんだ。

Copyright(C) 2025 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.


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