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情熱なんて無駄ですわ

「ただいま!」

ボクは勢いよく事務所の扉を開けて、元気よく中に飛び込んだ。

サクも一歩遅れて静かに続く。夜明けを越えたばかりの疲労感はあるけれど、それでも胸の中には達成感が満ちていた。

「おかえりなさいまし。依頼は達成しましたけれど、その依頼人は捕まってしまいましたわね」

ソファに寝そべったまま、テイがクッションを抱いて面倒くさそうに言った。

「ええ。でも、それは依頼とは関係ないからいいでしょ?」

ボクが肩をすくめながら返すと、テイは軽く頷く。

「構いませんわ。支払いも済ませてましたから」

——深夜の森を駆け抜けたボクは、あっさりタカたちに追いついた。

月明かりがほとんど届かない暗い林道で、彼らは足止めを食っていた。

重すぎる荷車のタイヤが、ぬかるんだ地面に沈み込んでしまって動けなくなっていたらしい。まったく情けない。

「中身を確認して!」とボクが叫ぶと、タカが訝しげに箱を見つめ、次の瞬間には目を見開いて叫んだ。

「ば、爆弾じゃねぇか!」

その言葉で、彼らの仲間たちはまるで蜘蛛の子を散らすように逃げ出して、距離を置いて様子を見ている。

「なんでボクたちから奪うときとか、奪った後でも箱の中身を確認しなかったの?」

そう尋ねると、タカはバツの悪そうな顔で答えた。

どうやら、ボクを手玉に取る作戦を思いついて、それを実行することに夢中だったらしい。

奪った後は成功に舞い上がって、中身の確認なんてすっかり頭から抜けていたそうだ。バカみたい。

サクの到着を待つ間、退屈しのぎにタカの額にデコピンしていた。無論、力は加減してある。

でも、周囲の仲間たちは「許してください」と土下座しそうな勢いで懇願していた。

その後、サクとヨウが追いついてきて、無事に荷物を隠れ里へ運び込んだ。

当然、荷車はタカたちに運ばせた。ボクが運ぶよりずっと効率が良かったし、なにより彼らにはそれぐらい働いてもらわなければ割に合わない。

時々荷車が動かなくなったときには、手伝ってあげた。仕方なく、だけどね。

隠れ里の人たちには事情を説明し、速やかな引っ越しをお願いした。

彼らにとって引っ越しは慣れたものだった。過去にも何度かこうした危機を経験しているのだろう。

準備は迅速だったが、それでも偽装のために住居用のテントをいくつか犠牲にする必要があった。予備があるとはいえ、勿体ないことに変わりはない。

そして、安全な距離まで村ごと移動して避難完了。

ロープを箱に結びつけて開ける仕掛けを作り、さらに離れた場所からタカにロープを引かせた。

そして——大爆発。黒煙と火柱が空に上がり、誰もが息を飲んだ。

すべてが終わったあと、隠れ里の人たちはあらかじめ決めていた次の候補地へと移動した。こうした事態に備えて、常にいくつかの移動先が準備されている。

ヨウはそのままタカたちと行動を共にすることにしたようだ。

"印付の特権"でスキルを変更して、ボクみたいな"すごいスキル"を目指すらしい。「情熱が重要だからね!」と伝えておいた。

「ねえ、テイ。聞きたいことがあるの」

ふと、気になっていた疑問が胸をよぎり、ボクはソファの上の彼女に声をかけた。

「なにかしら?」

「異世界人でも魔法を使えるようにする魔法具、そんなものが存在する可能性はあるの?」

ずっと疑問だった。サクは「絶対にありえない」と断言していた。でも、魔法使いであるテイの意見も聞いてみたかった。

「ありません。魔法は世界の根幹ですわ。世界の枝葉である者でなければ、幹につながっていませんから、魔法は使えません」

なるほど……たとえとしては分かりやすいような、そうでもないような。

でも、サクもテイも同じ見解なら、やっぱり本当に存在しないのだろう。

「じゃあ、エリックが研究していた"魔法記録に残らない"方法は?」

「ありえません」

きっぱり、一言で切り捨てられた。あまりにも断言されて、少し拍子抜けする。

「どうして、世界評議会から禁止されてた研究に没頭するようになったんだろうね。他にもいろいろ研究対象はあっただろうに」

「さあ、知りませんわ」

面倒になったのか、テイはふたたびクッションを抱えて顔を隠してしまった。引き継いで、サクが説明してくれる。

「ヨウから少し話を聞きましたが、エリックの当初の研究は『免許を持たない未就学児が、親の監督の下で魔法の練習をする方法』だったようです。これは親の魔法免許によって認証するので不正ではありません。積極的に研究されている内容です」

「へー!もともとはしっかりした研究者だったんだね」

「しかし、その研究の中で事故が起こりました。エリックが用意した魔法具を、ヨウが落とそうになった。その際に、なぜか魔法具が発動してしまった」

「ヨウもそう言ってたね」

「魔力を持たない異世界人であるヨウが、魔法具を発動させた、とエリックには思えました。慌てて、不慣れな魔法記録の閲覧を申請して確認したところ、そこにはヨウが使ったと記録されていたそうです」

「不慣れな?魔法記録って申請したら誰でも見れるんだ?」

「魔法記録が閲覧できるのはレベル3以上の魔法免許を持つ者だけです。レベル2魔法免許のエリックでは閲覧できません。そこで、研究所所長に研究目的だと申請の代行をお願いしました。結果だけを受け取り、ヨウの名前を見て、珍しくはしゃいでいたのをヨウが見ています」

「大発見だ!って喜んでたのね。ヨウの名前があったのなら、本当に異世界人が魔法を使う魔道具はあったってことじゃないの?」

「いえ。ありません」

きっぱり言い切るサクに、ボクは納得が出来なかった。

「え、どういうこと?」

「魔法記録を読み解くのは、素人が専門的な論文を読むようなもので、簡単ではないそうですね」

「ただの勘違いですわ。魔法記録の読み方を誤解しているだけです」

テイがサクの説明を補足するようにつけ加える。

「勘違い?」

「ええ。魔法記録の『使用者欄』に異世界人の名前があるのを見て、はしゃいでしまった。でも、同時に『魔法行使者欄』には自分の名前があるのを見逃した。免許による認証も魔力充填もして発動準備を整えた魔法具を、異世界人に手渡してトリガーを引かせたら、発動はします。でも、それは異世界人が魔法を使ったことにはなりません。ただそれだけのことですわ」

「そうなんだ。勘違いから、自分がすごい発見をした!って思い込んじゃったんだね」

ボクは思わず自分に重ねてしまう。もし自分が同じ立場だったら、エリックと同じように突き進んでしまっていたかもしれない。そう思うと、少し怖くなった。

「もともとは熱心な研究者だったのに、一つの勘違いが、情熱を間違った方に向けてしまうことになったんだね」

「情熱なんて無駄ですわ」

テイがソファに寝転がったまま、ぽつりとこぼした。感情のこもらない、冷たい響き。

「……でも、本当にそうなの?」

むっとして、思わず睨みつけてしまう。

たとえ間違っていたとしても、彼が情熱を持って何かを追い求めていたこと自体は否定できないはずだ。

「情熱というものに、無駄も無駄でないもありませんよ」

間に入るように、サクが静かに口を開いた。

「情熱があるからこそ、人は動き、変化しようとするもの。彼は誤った道を選びましたが、情熱そのものが無意味だったとは言えません」

「じゃあ、ボクの夢も無駄じゃない?」

思わず問いかける。サクは真っ直ぐにボクを見つめて、穏やかに答えた。

「決して無駄ではありませんよ。夢を追うには、最初の一歩を踏み出す勇気が必要。そして、その勇気を支えるのが情熱。トキ、あなたが本気で異世界人の町を築きたいなら、それを無駄などと思うべきではない。良いですね?決して逸れぬ真直ぐな意思に、私は惚れたのですから。貴女らしくいてください」

ボクはふっと笑った。

「……そうだよね。だったらボクは、これからも進むよ。殴ってでも、夢を掴み取る!」

テイはため息をつき、肩をすくめる。

「まったく、あなたは本当に単純ですわね」

「単純がいいんじゃない!」

ボクは拳を握って笑った。

どんなに大変でも、どんなに無謀でも——ボクは夢を諦めない。

情熱は、決して無駄にはならないから。











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