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依頼達成のご報告に

朝日がゆっくりと広がる丘の上。

空には紫と橙が混じり合い、夜と朝の境目が幻想的な色彩を描いていた。

澄んだ空気の中、地平線の向こうには魔杖国(まじょうこくの街道が一本、糸のように細く伸びている。

その街道は、幾多の旅人と歴史を運んできた静かな証人のようだった。

双眼鏡を手に、ひとりの男が立っている。

エリックは慎重な手つきで双眼鏡を操作しながらも、内に秘めた興奮を隠しきれず、肩がわずかに震えている。

科学者としての好奇心か、それとも別の感情かはまだ判断できない。

ボクは彼の視線を追うと見えてくるのは、荒野の中にひっそりと佇む隠れ里の姿。

小さな村は、まるで自然の一部のように、周囲の地形と見事に溶け合っていた。

隠れ里は巧妙に偽装されている。

遠くから見れば、ただの岩場か、風に削られた地形のようにしか映らない。

注意深く目を凝らせば、風に吹かれて布がなびく瞬間、その下に隠された人の営みの痕跡がちらりと見える。

組み立て式の住居は、一つとして同じものがない。さまざまな色彩の布をつなぎ合わせた簡素な造りでありながら、機能性に優れている。

すべてが必要に応じて分解・再構築できるよう設計されており、移動の際には短時間で撤収可能。

布や骨組みには、風を受け流す工夫も施されていて、簡素でありながら知恵の詰まった造りだ。

住居の配置は独特だった。

外縁から内側へと、ぐるりとうずまき状に並べられ、その中心には人々が集う広場が空いている。

その広場に、整然と積み上げられた十個の箱があり、朝日を受けて銀色に光を放っていた。

「ずいぶん熱心に見てるじゃない。そんなに気になるの?」

不意に背後から声をかけると、エリックは驚いたように振り向いた。

その顔には、先日見たような奇抜な化粧はない。今日の彼は、学者としての顔に戻っている。

「君たちか。何の用だ?」

その口調も、以前とは打って変わって冷静で理知的。サクが静かに微笑みながら応じる。

「依頼達成のご報告に」

「何?」

「荷物は秘密の研究場所へ届けました。確かめるために依頼主が自らいらっしゃるとは思いませんでしたが、おかげで報告の手間が省けました」

サクが指をさす先には、先ほど視界に捉えた隠れ里が広がっている。

エリックは苦い顔をした。まさか自分がここで鉢合わせするとは思っていなかったのだろう。

「これで依頼達成よ。あとはテイに連絡して、支払いを済ませてよ」

ボクが言うと、エリックの表情が一瞬だけ歪んだ。

「ヨウはどうした?」

「ああ、それなんだけどね」

ボクは肩をすくめて応じる。

「輸送中にちょっとした事故で怪我をしたの。今は隠れ里で安静にしてる。でも大丈夫、今日にも起き上がってすぐに実験を始めるって言ってたよ」

エリックは数秒黙り込み、考え込んだ末に、ゆっくりと頷いた。

「そうか。それなら問題ない。支払いを済ませよう」

彼は懐から魔法通信具を取り出し、素早く数度操作してテイへと連絡を取る。

「——そうです。依頼達成を確認しました。支払いは指定通りに行いました。……わかりました」

通信を終えると、魔法通信具を仕舞いながら、淡々と言葉を続ける。

「オーナーからお前たちに伝言だ。おつかれさま、だそうだ」

「無印商売のご利用、ありがとうございました。またのご贔屓に——」

その瞬間だった。

——ドンッ!!

遠くの隠れ里で爆発が起こった。

地響きを伴う轟音と共に炎が弾け、黒煙が空へと立ち昇る。

突如として変わった光景に、ボクは自然な驚きを装って叫んだ。

「なに!?」

しかし、エリックは動じるどころか、口元に満足げな笑みを浮かべていた。

「フハハハハ、やったか!いやぁ、素晴らしいね。我ながら見事だ」

「何を言ってるの?」

怒りを滲ませて問うボクに、エリックは得意げに語り始めた。

彼の目は興奮に輝き、もはや理知的な研究者の面影はない。むき出しの自尊心と優越感が、言葉の端々に滲み出ていた。

「魔法による爆弾さ。当然違法な代物だよ。初めてにしては上出来だったな。村を吹き飛ばすには過ぎた威力だったが、まあいい」

「ボクたちに爆弾を運ばせたの?」

「そうさ。問題ないだろう?"無印商売"は違法を問わない商売じゃないか」

開き直るような口調。その軽さに、ボクは思わず奥歯を噛みしめた。

「違法なのは構わないわ。あんたたちの作ったルールを、あんたが破るのも勝手にすればいい。でも、どうして爆弾にしたの?ヨウには明かりの魔法で試せって言ってたじゃない!」

「ははは、そんなことまであいつは喋ったのか。まったく、使えない道具だ。だから処分した」

「処分?」

「そうだ。ヨウのことだよ。買ってみたら全く役に立たなかった。まあ、そんなこともあるさ。でも処分に困ってね。買った者の責任というやつで、廃棄できない。だから、あいつが何か企んでいたのを逆手に取って、利用させてもらった」

その言葉の端々に、"異世界人"を"道具"としか見ていない狂気が潜んでいた。

ボクは拳を握り締める。

「なんで隠れ里に運ばせたの?ヨウだけを狙ったのなら、隠れ里は関係ないじゃない」

「あの村には私が色々と実験した異世界人が逃げ込んでしまったからな。あれらにした事を世界評議会に嗅ぎつけられるのは都合が悪い。一度に両方を処分するにはこれに限ると思ってね」

つまり、爆弾は隠れ里そのものを狙ったものだった。研究の痕跡を、証人ごと一掃するために。ボクたちはその手伝いをさせられてしまった。

「ヨウのこと、最初からただの道具だと思ってたの?」

「そりゃそうだろう。オークションで並べられた道具を買ったに過ぎない。道具に価値があるかどうかは、使ってみなければわからない。あれは、使えなかった。それだけだ」

その瞬間、ボクの中で、何かが弾けた。

「ふざけんな!!」

怒鳴った。怒鳴るしかなかった。全身の血が逆流するような感覚の中で。

「トキ」

サクがボクの肩に手を置いた。静かな声と、確かなぬくもり。——わかってる。ここでこいつを殴っても、どうしようもない。

「まあ、最後まで聞いてくれ。誰かに自慢したくて仕方なかったんだ。君たちが来てくれて本当に良かったよ」

エリックは歯を見せて笑う。その笑顔が、こんなにも不気味に見えたのは初めてだった。

「いいかい、本来なら爆発を起こした瞬間、私が作った事や私が爆発させた事が魔法記録に残り、世界評議会直轄の警備隊が飛んできて私を捕らえるだろう」

うざい。ボクはもううんざりしていた。でも、まだ聞かなければならないことがある。だから、気持ちよく喋らせておく。

「でも、そうはならない。あれは、箱を開けた者が魔法を使ったと記録される仕組みになっている。この世界システムの穴を見つけたときは震えたよ。そして実用化まで研究を進められたのは——」

「ひとつ、聞いていいかな?」

「——なにかね?」

「ユウたちはどうやってさらったの?」

「ああ、あれも買ったのさ。正規ルートではないがね。私のような立場の人間には“特別な"入手経路があるものさ。密売組織のトップ、ギュラノスとは個人的なコネクションがあってね。彼のような大物と直接やり取りできるのは、私の研究がそれだけ価値あるものだという証拠さ」

ギュラノス。その名前をしっかり記憶した。いつか——ぶん殴ってやる。

サクがボクの肩を二回叩く。来た、という合図だ。

ボクはそっと視線を周囲に走らせ、逃走経路を確認する。

「私はまだ自由に記録を改ざんするほどの技術は持っていないが、それでもトリガーを別の人間に押し付けることができるようになっただけでも、大進歩だ。これで私の研究は飛躍的に——」

「ボクたちは忙しいから、もう行くね!これから引っ越しの手伝いをしなきゃいけないんだ!追加料金が欲しいくらい!」

無理やり会話を打ち切る。

まったく、隠れ里の引っ越しって、いつも想定して準備してるとはいえ、大変なんだからね!

しかも今回は、エリックの目をごまかすために住まいのテントまで犠牲にした。手間もコストもバカにならない。エリックに言いたい文句は山ほどあるけど、今は時間がない。

ボクはサクをひょいっとお嬢様抱っこする。

——本当は抱っこされる側でありたかったけど、肉体労働はボク担当だからね。

「何を言って——」

「あ、来たみたい。じゃあね!」

そう言い残し、ボクは丘の斜面を一気に駆け下りる。サクの体重をものともせず、風のように走った。

入れ違いで、数人の警備隊が空から飛来し、エリックを取り囲む。

空のきらめきと、朝日と、黒煙の中に、正義の剣が降り立ったようだった。











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