使えないスキルだな、がっかりだ
──《SYS.AUTH_INIT》──
魔法免許について、お話ししましょう。
魔法は厳格なルールのもとで管理され、免許制度によってその使用が制限されています。
魔法免許は、レベル1からレベル5までの段階に分かれています。
数字が大きくなるほど扱える魔法は高度になりますが、その分、取得の難易度も上がっていきます。
レベル2免許を持つ人は魔法使い全体の半数ほど。
レベル4にもなると、各国にほんの数名しかいません。
レベル5は、私一人だけ。
それぞれの免許について、もう少し詳しくお話ししましょう。
──レベル1
これは魔法の入門編。生活魔法とも言われてます。
教育の一環として誰もが学ぶ、ごく基本的な魔法です。
簡単な暗記と実習で習得できるものばかりなので、特別な才能は必要ありません。
──レベル2
魔法を専門的に扱う人々の第一歩となる資格。
魔力の制御や魔術理論の基礎を学び、魔法を応用した職業に就けるようになります。
日常生活に必須ではないけれど、仕事の幅を広げる重要な鍵となる免許ですね。
──レベル3
公的な立場で魔法を使うための資格。
建築魔法や医療魔法など、社会に貢献する分野で必要とされます。
魔法使いとしての信用度は大きく向上し、一つの到達点とされることが多いですね。
──レベル4
国家や組織の指導者クラスが取得する資格。
魔法を扱うための資格というよりも、その肩書にふさわしい資質が試されるとも言われています。
──レベル5
世界を動かす魔法。
ですが、世界を壊してしまうのではないかと思うと、使うことはできません。
何でもできるようで、実は何にも使えない、がっかりな資格です。
このように、魔法免許は単なる資格以上の意味を持ち、魔法使いとしての立場、能力、責任を示すものなのです。
──《SYS.AUTH_TERM》──
夜の森。ボクたちは街道を避け、大樹の下で野営をしている。
食事をしながら作戦を立てているが、ボクはどうにも落ち着かない。
タカを追いたくてたまらない。でも、ヨウの話を聞いてから動くことにした。
「魔法使いどもから「使えないスキルだな、がっかりだ」と言われ続けていた」
ヨウが決意した表情で話し始める
「オレは大したことのないスキルだから、魔法使いどもの後始末をして一生を終えるだろう、そんな風に考えてる毎日だった」
ボクは聞いていて辛くなる。自分のスキルをそんな風に卑下しないで。
「その度に落ち込んで、他の"印付"たちと「スキルなんかもう忘れよう、掃除さえしていれば、食うに困ることはない、そう諦めよう」と、お互いに慰めあってた」
ボクは息をのんだ。
だって"印付"は生活を魔法使いから保障されてるから、楽々な生活をしてるんだと思ってたんだ。
でも、やっぱりボクたちと同じくさらわれた子たち。どこまでも異世界人だった。苦しんでいたんだ。
唯一持たされたスキルという力を、魔法使いに否定されて、慰め合って諦めるだなんて。
ヨウも、ずっと苦しかったんだ。
「あの日の事は忘れないだろう。オレはエリックの研究の助手のようなことをしていたが、手渡された魔法具をうっかり落としそうになって、あわてて両手でしっかりつかんだ。すると魔法具が発動したんだ」
「すごい!じゃあ、ボクたちが運んでた魔法具があれば、ほんとに異世界人でも魔法が使えるんだね!」
「ああ。今の閉塞感も、魔法が使えたら、変わるんじゃないかって思ったんだ。だから、あの魔法具を奪おうとした。ユウたちを逃がし、実験のために魔法具を隠れ里へ運ばせる状況を作り、その情報が外の"はぐれ"に伝わるようにユウたちに話した」
「でも、それならどうしてボクたちに着いてきたの?タカと一緒に行けば、タカは受け入れてくれるよ」
「お前が、魔法使いどもが自慢の門をぶち壊したのを見たからだ。視界がぱっと開けた気持ちになった。魔法なんかより、ずっとすごいチカラ。お前に着いていけば、俺の役立たずなスキルも変われるかもしれないと思ったんだ!」
思わず顔が熱くなる。憧れられるなんて柄じゃない。でも、悪い気はしないかも。
ボクの情熱を見て、自分の情熱にも再燃を感じてくれたのなら、あのことを伝えてもいいかも。
ボクは迷った。異世界人同士でも、スキルの話をするのはタブー。
その上"印付の特権"ともなれば、隠れ里の指導者からも厳しく口止めされてる禁忌。
でも……。
ボクはサクを見る。彼は微笑んで頷いた。
「伝えてみてください。未来が変わるかもしれません」
サクがそう言うなら、きっとこれはヨウやボクたちの未来のための布石だ。
「ヨウ。今から大事なことを話すね。でも、絶対に誰にも言わないで」
「あ、ああ」
ボクは意を決して口にする。
「リングマーカーを持つ者は、一度だけスキルを変更できる」
ヨウは静かにボクの言葉を咀嚼していた。驚きと困惑が入り混じった表情だ。
「……かえられる、のか」
まるで信じられない、と言いたげに、ヨウはボクをじっと見つめた。
「うん。リングマーカーを持つ者だけの特権だって言われてる」
「そんなこと"印付"は誰も言ってなかったぞ?!」
ヨウは額に手を当て、頭を振る。その瞳は焦点が定まらず、過去を手繰るように宙をさまよっていた。
「当然だよ。これは厳しく口止めされている最大の禁忌だから」
「なぜ、そんな大事なことを誰も言わない!」
ヨウの声が震えた。怒りではない。強い衝撃に押しつぶされそうになっているのがわかった。
ボクは少しだけ視線を落とした。ヨウの気持ちはわかる。
今まで自分のスキルを諦め、それを受け入れるしかないと信じ込まされていた。
そんな彼にとって「変えられる」という事実はあまりにも大きすぎた。
「魔法使いに知られたら、良いように利用されるからです。魔法使いにスキルを利用されること、それは異世界人にとって最大の屈辱です」
サクが補足する。その返事にヨウは「それはそうだが」と苦悶の表情だ。
「試してみる?」
ボクの言葉に、ヨウは息をのんだ。拳をぎゅっと握りしめる。
「強く願えば、目の前に選択肢が現れるんだって」
「……強く、願えば?そんな簡単なことで?」
ヨウは呆然としたまま呟く。
「簡単じゃないよ。スキルは魔法に劣る。"印付"は魔法使いからそう教え込まれるんでしょ?」
「ああ、そういうことか」
「今は時間がないから、あとで落ち着いたらやってみて。依頼を優先したいし」
ボクはやっぱり早くタカを追いたい。
「わかった。だが、依頼はもう失敗だろう。すまなかった」
ヨウは気持ちを切り替えて、頭を下げる。
「いえ、依頼は今も進行中です。タカたちは我々の目的地と同じ、隠れ里に魔法具を運んでいますから」
サクはとんでもない事を言った。え、どういうこと?
「目的地もわかっていたんだな」
ヨウが頷くが、ボクは慌てて聞いた。
「え?まって、今、隠れ里って言った?」
「そうだ。今回の目的地は隠れ里だ。オレはエリックから隠れ里に着いたら箱を開けて、中の魔法具を使って明かりの魔法を試せ、と言われ--」
「いえ。異世界人でも魔法を使える魔法具なんてあり得ません」
サクがきっぱり言ったことに、ボクもヨウも、大きく口が空いて呆けてしまった。
あわててヨウが反論する。
「でも!オレも一度だけ使ったし、ユウが魔法を使うのを見たぞ?」
「異世界人が魔法を使えないのは、単に魔力がない理由だけではありませんよ」
「免許が必要なんだろ?その免許の代わりをするのが、あの魔法具ということじゃないのか?」
「魔法免許は、世界システムへの認証を意味しますから、不正は不可能です。人は騙せても世界は騙せません」
ボクにはまったくわかんないけど、サクが言うなら間違いない。
「じゃあ、何なんだ?エリックは何を運ばせていると?」
「依頼の条件を考えれば、わかりますよ。本命の研究は"魔法記録に残らない"ことです」
「そ、それこそ無理じゃないのか?世界評議会が見過ごさないだろう?」
サクとヨウが箱の中身を予想し合ってる。
ヨウはエリックの身近で研究を見ていたから、エリックの人物像から推理してる。
サクはあくまで"魔法記録に残らない"ことから、世界評議会が禁じたいくつかの研究が関係してると主張した。
ついには爆弾かもみたいなこと言い始めた。
中身も気になる!気になるけど、もっと気になることがあるよね?
「待って。何のために隠れ里に魔法具を運ぶの?もしかして隠れ里の位置を特定するために?」
「いや、それは違うだろうな」
ヨウが否定する。え、どうしてって思ったら、サクが補足してくれた。
「エリックは隠れ里に支援していましたね。だから場所はわかっていたのでしょう」
タカが言ってたやつだ!あれ、エリックだったんだ。
「ああ。そうだ。魔法研究の材料にするために、隠れ里を探して支援していた」
「ひどい!異世界人をなんだと思ってるの?」
ボクはむかついた。クズじゃない!
「それでどうするんだ?中身は推測の域を出ない。エリックの本当の目的もわからない。しかし、依頼失敗はまずいんだろ?」
サクが宙をじっと見つめてる。
きっとサクのスキルを発動して、次の一手を考えてるんだ。
だから、邪魔しないように静かに待つ。
そしてーー。
「予定が整いました。トキ、今すぐタカを追ってください。くれぐれも箱は開けないように、タカに中身が何か見てもらってください」
「わかった!任せてよ!」
「私はタカたちに運ばせるつもりでしたが、予定が狂いましたね」
ん?聞き捨てならないことを言ったな?
「それってさ。つまり、タカに奪われるのは予定通り?」
「ええ。どうせ同じ目的地に行くなら、タカたちに運ばせた方が合理的でしょう?」
なんてひどい作戦。
「まあ、いいわ。タカには辱めのお礼もしなきゃ。一っ走りで追いつくよ。あとから来てね!」
「はい。ほどほどにお願いしますよ。彼にはまだやってもらうことがありますから」
ボクはスキル<boost(強化)>を発動し、一直線にタカを目指して駆け出した。
「タカ、覚悟しなさい!」