こんなに目立っていいの?こんなの密輸って言うのかな?
──《SYS.AUTH_INIT》──
世界評議会。
この世界の魔法をすべて監視し、均衡を保つことを掲げる、厳格で気高い組織。
彼らが見つめる世界とは、管理されるべき秩序そのもの。
魔法使いは、常に見張られ、決して好き勝手には振る舞えない。
魔法の行使は一つひとつ記録される。
ドアの開閉や、コンロの使用、水栓トイレで水を流しても。
通信魔法具はそのやり取りまで全て記録されて、何か犯罪の相談をしただけでも、世界評議会が直轄の警備隊を派遣する。
お金はもちろん全て魔法でやり取りだから、横領や脱税なんてもっての外。
どんな理由があろうと、例外なんて許されない――表向きは、ね。
では、世界評議会にとって、異世界から召喚された者はどうなるのかしら?
召喚の際に印を授かった者は、世界に"有用"とみなされ、管理される。
けれど、そうでなければ、世界に"無用"。ただの廃棄物。処分されるだけよ。
異世界人とは、管理の枠外にある存在。いずれ淘汰されるべき異物――彼らは、そう考えているの。
そんな、世界を律するほどの存在なのに、彼ら自身の姿は決して表に出ない。
世界評議会を構成する者が誰なのか、どこにいるのか、誰も知らない。
ただ命令だけが記録として通達され、それに従う警備隊や討伐隊が動くだけ。
まるで幽霊のように、影も形もないのに、それでも確かにこの世界を縛っている――そんな存在なのよ。
でもね、完璧な支配なんて、ありえないと思わない?
何千年もの間、彼らは求め続けている。年に二度の召喚を、絶え間ない監視を、あらゆる異分子の排除を。
まるで、出口のない迷路を彷徨い続けるみたいにね。
──《SYS.AUTH_TERM》──
エリックは倉庫の鍵を開け、外へ出た。すぐにガチャガチャと施錠する音がする。
「え、ちょっと待って!鍵かけられたら——!」
途端に不安になっちゃって、ボクはサクを見る。
サクがいると「大丈夫だ」って気持ちになっちゃうから、困った時にはサクを見るのが癖になっちゃってる。
サクは落ち着いた様子で、ヨウに視線を向ける。
「オレも鍵を持っている。当然だろ」
ヨウが鍵束を見せてくる。閉じ込められたのかと思った。
まあ、仮にそうでも、ボクがドアをぶち壊せばいいだけだった!と思い直す。
「ヨウ、いくつか確認したいことがあります」
サクがヨウに話しかける。
「ああ」
「目的地の詳細を聞かせていただきましょう」
「知らない、出来るのは道案内だけだ」
「失礼ながら、スキルは運搬に活用可能なのですか。使えるか否かだけで結構です」
「向かない」
「条件に、あなたの護衛は含まれておりませんね」
「そうだ」
どんどん話が進んでるけど、一番大事なことを忘れてない?
「ねえ。どうやってこの重そうな箱を十個も運ぶの?ボクに全部背負えなんて言うなら怒るよ?」
「いくつか考えています」
「さすがサクね。てっきり荷車でも用意してボクが引っ張るのかと思ったわ」
ボクがそう言うと、サクは驚きの表情を浮かべ、頷いた。でも、その表情はわざとらしい。
「ほう、それも悪くありませんね」
「え?」
ちょっと待って、冗談で言ったんだけど!?
サクが「荷車を用意できますか?」とヨウに尋ねると、彼は「少し待て、後始末してる連中に借りてくる」と言って倉庫を出ていった。
今度こそ完全に閉じ込められたわけだ。
「ねえ!サク!どういうこと?」
「トキ、落ち着きなさい」
「落ち着いていられない!まず、この箱の中身は何?なんで気にならないの?」
「気にならないわけではありません。おそらく世界評議会が禁じる研究の一つなのでしょうね」
「どういうこと?」
「依頼人自身も魔法記録を残さぬよう徹底していますね。魔法鍵も使わず、ランプすら用いない。おそらく研究所からここまでの移動も徒歩でしょう。あの変装や口調も偽り。名前も偽名でしょう」
それはなんとなく分かってた。でも、どうしてそんな事をするのかわからない。
「つまり?」
「つまり、この研究を誰にも知られたくない、特に世界評議会に知られたくはない、ということです」
「そこまでして秘密にする研究って、何?」
「候補はいくつか思い当たります。たとえば、甚大な魔力汚染をもたらす魔核爆弾。作る相談をしただけでも警備隊が飛んでくるでしょう」
「うへぇ。そんな物を運ぶの?」
「例えばの話です。あるいは自己増殖型自立駆動ゴーレムなども危険視されています。術者が制御不能に陥れば、指数関数的に増殖して世界を滅ぼしかねませんからね」
「ごめん、もういいわ。とにかくヤバいってことは分かったから」
なんにしてもヤバいものを運ぶんだって事はわかった。
「まあいいわ。それより、運搬方法よ」
「荷車を使って運搬しましょう」
「やっぱり!?」
「これはトキの案です。案外、悪くありません」
「いやいや!どんだけ時間かかるのよ!?目的地だってよくわかんないし!重さだって、これ全部で1トンよ?」
「依頼人はゆっくりで構わないと仰いましたので」
「そうだけど!他にあるでしょ!仲間のスキルを使うとか!」
「重い荷を運ぶには、トキのスキルが最適ではありませんか」
そう言われると、そうかも。多種多様なスキルがあるけど、純粋に力仕事に向いてるのはボクが一番だって自負はある。
「せめて一箱だけなら担いで運べそうだったんだけど、十箱とはね」
「それでも依頼を断るという選択肢はありませんからね」
「もちろんだよ!ボクは、異世界人の町を作るまでは、立ち止まらない!」
ちょうどその時、ドアの鍵が開いた。ヨウが顔をのぞかせる。
「荷車を持ってきた。中に入れるから手伝え」
◇ ◇ ◇
二日間、特にトラブルもなく街道を進んだ。
舗装された道を、魔法動力のトラックが行き交う。その横で、ボクたちは荷車をゴトゴト引いていた。
荷車には十箱の金属箱を積み込み、さらにヨウが準備した大きなカバーで覆って、ロープで縛った。
「こんなに目立っていいの?こんなの密輸って言うのかな?隠れ里の引っ越しの方がまだバレないように気を遣ってるくらいだよ?」
ぶつぶつ文句を言いながらもボクは荷車を引く。スキルによって苦も無く引き続けられる。
「ええ。ここまで目立つとは予定外です。ただ、ほかに道もありません」
サクは後ろで荷車を押してるはず。
「早くも予定外でた!大丈夫なの?」
ヨウは黙ってる。絶対、呆れてる。
「これほど目立てば、重要な物資を運んでいるとは思われません。問いただされても『第四門の後始末でね』とでも答えておけば良いでしょう」
「納得するかなぁ」
「そろそろ偽装が解けますから、それまでには街道からは離れます。今はただ進みましょう」
今はまだ頭の上にリングマーカーが付いてるから、通っていく魔法使いたちも気にしてないけど、偽装が解けた状態で見つかると面倒。
「はーい」
そんな感じで日中は荷車を引いて進み、夜になると野営する。
――二日目の夜。
昼間の疲れから焚き火を囲んでぼーっとしていた。いくらスキルがあるからといっても、疲れはある。
そっとサクを見ると、サクはボクの視線に気付いたのか、目が合う。
でも、それで気まずいとかにはならない。目で「疲れたね」「頑張りましたね」と会話する感じ。
すると、邪魔するように、ヨウが口を開いた。
「……お前、本気で異世界人の町を作るつもりなのか?」
「え?……ヨウに言ったことあったかな?」
「倉庫の中で言っていた。外まで声が聞こえていたんだ」
「あー。あのときか!うん、もちろん作るつもりだよ!作ったらヨウも来てね」
「……」
ヨウはすごい形相でにらんでくるけど、気にしない。いつものこと。
ボクの夢を聞くと、ほとんどの異世界人は馬鹿げてるって思うみたい。
サクが薪をくべながら、すぐにフォローしてくれる。
「実行可能な予定は立てています。まだ先の話ですが」
こういうとき、ボクはサクに守られてるんだなって思う。
ヨウはボクから視線を逸らし、鼻で笑った。
「可能なわけないだろ。そんなもの作ってどうする?」
「異世界人が胸を張って生きられる場所があれば、みんな幸せになれるじゃん!」
「……幸せ?そんなもん、捨ててきたはずだろ。オレたちがこの世界に連れてこられたときに」
焚き火を揺らぐ光が彼の顔に影を落とす。その言葉には、ただの皮肉じゃなく、絶望がにじんでいた。
ヨウの言う事もわかる。
それでも——。
「だから作るんでしょう?」
ボクはヨウを見つめながら、笑ってみせた。
「任せてよ!ボクの情熱は尽きないんだから!」
「……ふん。情熱があっても——」
ヨウが言いかけたところで、サクが静かに口を開いた。
「他者の情熱を羨まないことです。もし自らの情熱を失ったとしても、ね。情熱なくしては何も始まりませんから」
それっきり、ヨウは何も言わなかった。