見せてあげる。情熱が絶望をぶっ壊すってことを!
坑道の奥深く、湿った空気が肌にまとわりつく。
異様な存在感を放つ黒い壁の前で、グレンとパセズが対峙していた。
その壁だけは、周囲の荒々しい岩肌とは明らかに異質だった。
磨き上げられた黒曜石のように鈍く光り、どこまでも滑らかで、まるで人工的に作られたかのような整然とした質感を持っていた。
坑道の壁とはまるで違う、異世界の遺物のようなそれに、鉱石ランプの光が吸い込まれていくように感じられた。
「この壁、こんなところまでも……」
ボクが殴った場所から結構離れてる気がするけど、まったく同じ光景が広がっていた。
ボクの後ろでは、サクがここに来るまでに出会った"はぐれ"の異世界人たちに、ここで待つように言ってる。
この坑道で働かされていた"はぐれ"は一人を除いて全員いることを確認してもらった。
そして、最後の一人も、今見つけた。パセズの足元で、異世界人の少女が怯えた様子で身を縮めていた。
彼女は縄で縛られ、震える身体を必死に抑えようとしている。
その瞳には、底知れぬ恐怖が宿っていた。
「――俺は……俺はレベル2免許になれなかった!」
突然、パセズが叫んだ。
声が坑道に反響し、まるで自らの怒りと絶望を増幅させるかのようだった。
「魔法がなければ何もできない!俺たちの仕事だって、すべて魔法に支えられている!なのに……!」
グレンは静かに見下ろしていた。彼の表情は険しく、しかし、どこか寂しげにも見えた。やがて低く呟く。
「魔法に頼らなくても掘り続ければいい。それが鉱山夫の生き方だ」
パセズの目がわずかに揺れる。だが、すぐに悔しそうに顔を歪めた。
「そうだ、掘ることしかできなかった。掘って、掘って、掘り抜こうと決意した。だが、この黒い壁が俺を阻んだんだ……!」
彼は拳を握りしめ、震える声で続ける。
「どれだけ掘っても、続く黒い壁……まるで世界そのものが俺の道を拒んでいるかのようだった。最初はただの障害だと思っていた。けど……いつしか、これは絶望の象徴になった。俺は、もう限界だった」
彼はゆっくりと黒い壁に背を預ける。その動作は、まるで長年の重圧から逃れるようだった。やがて、静かに語る。
「その時だ。べリオを名乗る男が現れた。そいつは俺に言ったんだ。鉱脈を再生するスキルを買わないか?ってな」
「鉱脈を再生するスキルを、買う?」
グレンの声には、わずかに困惑の色がにじむ。
「どういうことだ?」
パセズは苦笑し、低く呟いた。
「お前の知らないこの世界の闇さ。異世界人の密売組織——やつらは"スキルを売る"という言い方をする」
ボクは、飛び出しかけたが、サクに腕をつかまれた。
「今は黙って耳を傾けましょう」
唇を噛んで耐えるしかなかった。
グレンはじっとパセズを見つめる。その目が、冷たく鋭くなる。
「異世界人を……?世界評議会がオークションで売るのと何が違う?」
パセズはゆがんだ笑みを浮かべる。
「なにも分かってない。世界評議会が売るスキルは、役に立たないものばかりだ。だが、彼らが"不用"とした異世界人の中には、信じられないスキルを持つ者がいる」
彼は捕えられた少女を指した。
「この娘は、鉱脈を掘る前の状態に再生するスキルを持っている。黒鋼鉱があった場所を知っていれば、何度でも掘り放題さ」
「だから、お前は……」
グレンが険しい表情で言葉を継ごうとしたが、パセズが叫ぶ。
「そうだ!これで俺は今の地位を手に入れた!だが、この小さな坑道程度の再生ではまだ足りない。もっと強いスキルを手に入れるには、金が要る!」
その言葉に、グレンは深く息を吐き、ゆっくりと口を開く。
「……馬鹿者が」
パセズの顔が険しくなる。
「何?」
「わしもお前も、この国に生まれ、物心ついたころには鉱山が遊び場だった。親たちが土と灰に汚れて育てられた。わしらもまた、鉱山で石を掘る毎日だ。レベル2魔法免許が取れなかったから掘るしかなかった?そうさ、それしかない!だったら掘れ!掘って掘って掘り抜け!余計なことなど考えず、ただ掘るのみだ!」
「お前は絶望を感じないのか?この黒い壁を見て!十年だぞ!無駄だったとは思わないのか!」
ボクは、もう我慢できなくなった。飛び出し、強く叫ぶ。
「絶望?そんなものは絶望なんかじゃない!」
「な、なんだお前たちは」
「ボクたちは、幼い頃にこの世界にさらわれ、すぐに"不用"として破棄された。どこに棄てられるのか知ってる?樽に詰められ、海に流されるんだよ!」
ボクの瞳が鋭く光る。
「あんたの感じてるそれが絶望?あんたが捕まえてる子が感じた絶望の、ひとかけらにもならない!」
ボクは拳を握りしめ、黒い壁へと歩みを進める。
「それでもボクたちは生きてる!立ち止まらない!絶望してなんかいられない!」
坑道に響くのは、ボクの力強い声。
「見せてあげる。情熱が絶望をぶっ壊すってことを!」
ボクがスキルを解放する。まずは"赤みの強いオレンジ"。それはろうそくの炎のように。
「ま、待て!トキ、ここはろくな補強がされておらん!それに長く封鎖されてた坑道で、ひどく脆い!大規模な崩落の恐れが!」
グレンが叫ぶが構わない!ボクはさらに一段階上げる。"温かみのある黄色"。それは夕焼けのように。
「お前がどれほど殴ろうとも、決して砕けるものか!グレンたちがレベル3魔法を叩き込み続けても、びくともしなかったんだぞ!世界そのものような存在だ!」
パセズが叫ぶが構わない!ボクはさらにさらに一段階上げる。"やや黄色みがかった白"。それは世界を明るく照らす太陽のように。
「上等じゃない!こんなボクたちに理不尽な世界!ボクがふっ壊す!」
薄暗い坑道で、鉱石ランプの頼りない光さえも呑み込む暗闇の奥に、それよりもなお深く、なお重く、世界の底そのもののようにそびえる黒い壁。
無音の圧力をもってすべてを拒み、何者も寄せつけない絶望の象徴。
だが——ボクはそこに挑む。
「いっけぇぇぇぇぇ!!!」
瞬間、ボクの拳は白く燃え上がる流星と化し、光の軌跡を引きながら黒い壁に突き刺さる。
音さえかき消すような轟が世界を貫く。
光と闇が交差する。
黒い壁がひび割れたその刹那、まるで宇宙が新たに創生されるかのように、圧倒的なエネルギーの奔流が生まれる。
坑道の暗闇を切り裂き、白き閃光がすべてを照らし出す。
響く破壊の衝撃。
足元が揺れ、岩が崩れ、坑道全体が呻くように軋む。
それでもボクは、拳を握ったまま立っていた。
砕け散る漆黒の破片が宙に舞い、重力さえも忘れたようにゆっくりと落ちていく。
それは、まるで世界の初めに放たれた星屑のようだった。
しかし、その瞬間——
——『警告。重大なデータ破損を検出。破損状況を分析中……』——
突然響く機械的な声。
「何だ!?」
パセズは呆然と黒い壁を見つめる。
「世界が、トキが外殻を破壊した事実を感知しました」
サクが冷静に言う。
「どういうこと!?」
——『分析結果。未実装区画の外殻および周辺地形データの破損を確認』——
「未実装……?なんのことだ?」
グレンが反応するが、アナウンスは続く。
——『破損データを保存された復元ポイントへロールバックします』——
——『影響を受けたエリア内のすべてのエンティティを15秒後に強制移動します。転送の準備をしてください』——
「転送!?ちょっと待て、物騒なことを言ってるよ!」
ボクが叫ぶが、サクは落ち着いた様子で、パセズにとらわれていた子を抱き抱えている。
「心配はいりません。ただ外へ放り出されるだけでしょう」
次の瞬間——
ボクたちは浮遊感を感じ、気がつけば森の中に放り出されていた。