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えっ、ボクが本気で殴ったらサク、粉々になりますけど!?

休憩所でしばらく待ってみたけど、サクはまだ戻ってこない。

「サク、何してるんだろ」

一緒にいるのは当たり前だったのに、なんかもう、当たり前じゃなくなった気がする。

今までだって、別行動するときはあった。休みの日と決めた時は、お互いに何をしてるのか知らない。

でも、急に不安になってきた。ボク、サクの事、知ってるって言えるのかな。

サクはたぶん、ボクの事を良く知ってる。なんでもお見通しって気がする。

でも、ボクはサクがどうしてあんなにたくさんいろんな事を知ってるのとか、不思議に思う。

魔法の事とか、本で読んだって言ってたけど、いつの間に読んでたんだろう。

「ボクも、サクの事、知りたいな……」

「トキ!そっちの支柱、頼む!」

グレンの声が響く。

「あ、はーい。行くよ!」

今、ボクは、グレンや鉱山夫と共に坑道の補強作業を進めていた。

グレンの声掛けで、多くの鉱山夫たちが集まってくれたので、さっそく補強をすることになったのだ。

ボクはスキルを軽く発動し、巨大な支柱を片手で持ち上げる。

その瞬間、周囲の鉱山夫たちが一斉に息をのんだ。

「すげぇな……さすが例の壁にヒビを入れた娘だ!」

彼らの視線が一気にボクへ集まる。

ちょっとした見世物になった気分だけど、悪い気はしない。

坑道内には崩れた岩の破片や砂塵が積もり、ときどき地響きと共にパラパラと砂塵が降ってくるので、また崩落するのかと緊張する。

これ以上の崩落を防ぐためにも、慎重に補強を進めなければならない。

鉱山夫たちは魔法を使わず、鍛え抜かれた技術と連携で作業を進めていく。

支柱を立て、木板を組み込み、天井には補強材が並ぶ。

ーーしばらく作業を続けていたが、グレンの号令で休憩することになった。

ボクは水を飲みながらボーッとしていたら、ミルタが近づいてきて、ボクの顔をじっと覗き込んできた。

「……な、なに?」

ミルタの目がじわりと細まり、口角がにやりと上がる。

「恋に悩んでる女の顔だな」

「えっ!?」

思わず手で顔を覆った。

もしかして顔に書いてあるの?!

「はっ!しかも自覚がねぇときたか。こいつは初々しいねぇ」

ミルタはおもしろがるように笑いながらボクの隣にどかっと座り、ボクは慌てふためく。

「……ボク、恋……してます?」

なぜか、言葉が妙にかしこまる。

「ああ、間違いないね。で、誰に恋してるんだ?」

「えっ、それは……!」

頭に浮かぶのは、当然サクの顔。だけど、言葉にするのが怖かった。

口にしたら、もう戻れなくなる気がして。

ボクとサクは、抜群の連携を誇る、最強の相棒だ。

魔法使いたちのどんな無茶な依頼だって、ボクとサクならなんだって出来る。

でも、それが男と女だったら、どうなってしまうんだろう?

そんなボクの迷いを見抜いたのか、ミルタはふっと笑い、優しく語りかける。

「お前さんがなにに怯えてるのか、手に取るようにわかるよ。今のあんたは弱くて怯えた少女のようだ。おそらく昔のあんたはそうだったんだろう?」

「うん、ボクは……。保護された頃は泣いてばかりだった」

「……そうか、すまないね。捨てられた異世界人がどれほど過酷な状況に置かれたか、私はよく知らないんだ」

「いえ、いいんです。ボクは生き延びて、サクと出会えたから――って!」

思わず、自分の頭上を見上げると、しっかり偽装のリングマーカーは浮かんでる。まだ偽装が解けるのには早いはず。

「ああ。心配すんな。グレンから話は聞いてる。ここにいる連中は知ってる」

ミルタは優しい声でそう言ってくれた。よかった、魔法使いによっては嫌悪を抱かれることもあるから。

「それで、想いの人は、サクというんだね」

「うん、とっても頼りになるんです」

「頼りになる兄貴分にすがる。それが安心だったんだろうさ」

「……うん」

「けどな、今のお前さんは、昔と同じか?」

違う。

ボクはもう、ただ守られるだけの子供じゃない。強くなった。生き抜いてきた。

「なのに、関係が壊れるのが怖いからって、立ち止まるつもりか?」

ミルタの声はまっすぐで、迷いがない。ミルタはクワッと目を見開き言った。

「関係性なんてクソ喰らえだ!」

「クソ喰らえって!?」

「悩むだけ無駄だ。人と人ってのは、頭で考えて整理できるもんじゃねぇんだよ。理屈じゃねぇ、感情に従え。好きなら飛び込め。違うならぶん殴れ」

「ぶ、ぶん殴るんですか!?」

「当たり前だろ、人を惑わせやがって!ってな!面倒な事は殴って解決だ!」

「いやいやいや!?」

それはボクのモットーだけど、さすがに恋愛で実践するのはどうなんだろう!?

「手加減すんな。それが私の言えることだな」

「えっ、ボクが本気で殴ったらサク、粉々になりますけど!?」

「そうじゃねぇ!恋の話だろうが!」

「あ、うん……それで、手加減しないってどういうこと?」

ミルタは大きく腕を組み、呆れたように笑う。

「悩んでるってことは、この恋をどうにかしたいけど、何かを壊したくないって思ってるってことだろ?」

「……うん」

「でもな、それを怖がるのはやめろ。全力で恋を楽しめ!それで壊れるようなもんは、そもそもその程度のもんだ」

「楽しむ……?」

「そうさ。どっちに転ぶかわからないもやもやも、不安もドキドキも、全部含めて恋の醍醐味だ。答えを急ぐな。悩むのもまた、恋の一部ってことだよ」

ボクの胸に、じわりとその言葉がしみ込んでいく。

「……わかった気がする」

「おうよ。お前さんの悩みがなくなったら、一杯おごれよ」

「うん!」

ボクは少しだけ笑った。

ミルタの言葉は、鉱石を砕くツルハシみたいに力強く、まっすぐだった。

それがボクの心の中で、小さな光になっていくのを感じた。

ーー休憩が終わり、グレンが大きく息を吐き、力強く宣言する。

「さあ、トキがどれだけの力で殴っても壊れない補強にするぞ!今度こそ、この黒い壁を壊すんだ!」

「おう!」

彼の掛け声に応じるように、鉱山夫たちの士気が上がる。

こうやって力を合わせ、一つの目標に向かって進むのは楽しい。

坑道に活気が戻ったその時だったーー。

重い足音が坑道に響く。

現れたのは赤いマントを纏った男。その背後には、屈強な男たちが控えている。

「お前たち、作業をやめろ」

低く響く声に、場の空気が一瞬で張り詰めた。

坑道の明かりに照らされた男の姿は、荒く削られた岩のように無骨で、表情は険しい。

グレンが忌々しげに目を細め、大槌を地面に突き立てる。

「灰煙組の組長が直々にお出ましか、パセズ」

その一言に、鉱山夫たちがざわめいた。

作業中に仲良くなったミルタから話を少し聞けた。

"灰煙組"——ここ一年で急速に勢力を伸ばし、ギルド総会にも影響を及ぼすようになった新興ギルドだと言う。そして、グレンとは何か因縁があるらしい。

ちなみにグレンとミルタは、付き合ってたこともあるらしい。今は別れたの?って聞いたら「さあて、ね」って誤魔化された。そっちも気になる!

あっと!今はそれどころじゃなかったね。

パセズは腕を組み、冷ややかに言い放つ。

「世界評議会が禁止している行為だ。直ちにやめろ」

「なんのつもりで言ってるんだ?」

「ギルド総会にも影響力を持つ灰煙組として、見過ごすわけにはいかない。鉱山ギルド全体の不利益につながるぞ」

グレンは鼻で笑い、鋭い目つきでパセズを睨む。

「いつからそんなに偉くなった?レベル2免許にもなれずに腐ってたやつが」

パセズの表情が一瞬険しくなる。だが、すぐに無表情に戻った。

「黙れ。世界評議会に逆らえばどうなるか分かっているのか?お前のようなテロリストをなぜ国王様が野放しにしているのが理解できん」

テロリスト——!?

ボクは驚いたが、ミルタがこっそり囁く。

——10年前、グレンたちは廃坑になった鉱山を魔法で吹き飛ばし、灰が国中に広がった。それを世界評議会に咎められ、黒い壁の掘削を禁じられたらしい。

黒い壁を魔法で吹き飛ばそうとしたってことか。

グレンは腕を組み、薄く笑う。

「今までは“壊せるはずがない"と笑っていたくせに、ヒビが入ったと聞いた途端、焦って止めに来るとはな」

「違う。我々はお前がまた危険な行動をしないか監視しているだけだ」

「知ってるぞ。お前たちが何をしているのか。独り占めできなくなるのが怖いんだろう?それとも、世界評議会に調査されるのが嫌か?」

パセズの表情がわずかに動いた。

坑道の灯りが彼の横顔に影を落とし、感情を読み取るのは難しい。

しかし、グレンは追い打ちをかけるように言葉を続ける。

「わしには関係ない。この壁さえ壊せればそれでいい。邪魔をするな!」

パセズはしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。

「昔から目障りだった。少し痛い目に遭ってもらおう」

その言葉とともに、灰煙組の男たちが前に出る。

そして、パセズがさらに一言。

「魔法は使うな。こんな狭いところで灰がたまるのはやばい!」

「おいおい、魔法なんて無粋だろ?拳で語るしかねぇよな!」

次の瞬間——坑道は一瞬で殴り合いの場と化した。

砂塵が舞い、金属のぶつかる音が響く。

壁に備え付けられた補強材が乱闘の衝撃で軋み、天井から小さな岩片が落ちてくる。

地面には作業で散らばった道具が転がり、誰かが踏みつけたスコップが音を立てて跳ね上がった。

怒号と拳が飛び交い、鉱山夫たちは笑いながら殴り合っている。

ミルタはロープを振り回し、男たちを容赦なく叩きのめしていた。

グレンは膝蹴りでパセズを叩き落とそうとする。

しかし、別の男に抑え込まれ、地面に投げ飛ばされた。

坑道には血の匂いが濃くなり、岩肌には拳の跡が刻まれる。

ボクはサクがいないことを恨めしく思いながら、この乱闘をどうするべきか考えた。

正直、全員相手にしても勝てる。でも、スキルを使って戦うのも違う気がする……。

結局、ボクは静観することにした。

やがて他の鉱山夫たちも集まり、混戦は収拾がつかなくなり、どちらが勝ったとも言えないまま終わった。

だが、喧嘩の余波で補強作業は台無しになっていた。

崩れた支柱、散乱する木板。坑道はまるで戦場の跡のようだった。

「……リベンジはおあずけ、だね」

ボクは肩を落としながら、黒い壁を見つめた。



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