寝言はベッドで聞いてやる。久しぶりにうちに来るか?
──《SYS.AUTH_INIT》──
かつてこの世界には国という概念はなく、人々は自らの技を活かし、ギルドを作って生きていました。
しかし、時代とともにギルドは土地を持ち、それを守り、発展させ、次第に6つの国と1つの集団へと変わっていったのです。
魔杖国——魔法の国
北の険しい山々と深い森に囲まれたこの国は、魔法の研究と実践に特化した国家。中核都市は堅牢な城壁に守られています。
世界システムである魔法免許制度の事務手続きを行う役割も担っています。
住民の多くは魔法学徒や研究者であり、知識と技術を磨くことに余念がありません。
鍛槌国——職人の国
東の火山帯に位置し、地熱を利用した鍛冶技術が発展した国。
鉱石採掘、宝石研磨、武具鍛造が主な産業で、ここの職人が作る剣や鎧は世界最高品質と称されます。
ギルド制が厳しく、腕の良い職人ほど高く評価される実力主義の社会です。
薬壺国——医療の国
南の湿地と草原に広がり、薬学と医療の研究が盛んな国家。
魔法で怪我も病気も治療できるとはいえ、魔法行使者の知識が結果に影響するのです。
医療従事者の育成機関もあり、世界中から医者や薬師が集まります。命を救う知識と技術が国の基盤です。
盾甲国——戦士の国
西の巨大な断崖絶壁に築かれた、まさに天然の要塞国家。
城砦都市は防御力に優れ、強固な軍事力を誇ります。ここでは傭兵団が組織され、彼らは各国へ派遣されることで財源を確保。
さらに、国内ではコロシアムが盛んで、戦士たちは名誉と賞金を求めて剣を交えます。
筆硯国——知識の国
南西の森林と河川に囲まれ、書物の編纂、出版、教育を担う国。
古代の歴史書から最新の研究論文まで、多種多様な知識がここに集められています。
知識を求める者たちが学び、記録し、広めることを使命とする国家であり、世界最大規模の図書館が有名です。
風車国——農業の国
北東の高原地帯に広がり、広大な農地と畜産業が特徴の国家。
風の力を活用した設備が各地に設置され、効率的な農業と食糧生産が行われています。
作物の輸出が国の経済を支え、さらに保存技術や加工食品の開発にも力を入れています。
船櫂集団——海を渡る民
環状大陸の沿岸地域に拠点を持ちながらも、常に海を渡り続ける漂泊の民。
土地を持たないので、国ではなく、集団という扱いです。
船を操り、漁をし、交易を生業としながらも、どこの国にも属さない独立した存在です。
独自の自治を持ち、世界中を移動しながら物資や情報を流通させる役割も担う。
こうして、かつては職業ギルドであった者たちが、それぞれの役割を持ちながら大陸を支えているのです。
──《SYS.AUTH_TERM》──
グレンの後ろを歩いてについていき、坑道を歩く。
グレンはよく通る散歩道を歩くように、迷いなく坑道を進みながら、作業員たちに声をかけていく。
坑道は迷路のように入り組み、耳が痛くなるほどの騒音が響く。
ツルハシの打撃音、トロッコがレールを軋ませる音、遠くで響く爆裂音——それらが混ざり合い、足元では微細な振動が絶えず続いていた。
壁面には燐光石のランプが一定間隔で埋め込まれているが、明るさはまばらで、奥へ進むほど闇が濃くなっていく。
「おいグレン、手が足りねえって昨日も断っただろ!」
顔なじみの鉱山夫っぽい男が、グレンに向かって声を張り上げる。
彼の背後では、数人の鉱山夫たちが巨大な岩盤に穴を開けていた。
ツルハシの一撃ごとに鉱石の粒が弾け、鈍い音が響く。
坑道はうるさいので、グレンが何を話しているのかよく聞こえない。少し近づいてみる。
「例の壁を壊せそうなんだ」
グレンの言葉に、男は驚いた顔をした。
「マジか……?あの壁は何やっても壊れなかったのに」
「こいつが殴ったらヒビが入った。周りの補強した坑道が崩落するほどの衝撃だったんだ」
「こんな華奢な娘が?……まあ、面白そうだ。キリのいいところまで作業したら行くよ」
男の協力を得たが、グレンはさらに人を探すため歩き続ける。
坑道の奥へ進むにつれ、空気は悪くなり、灰の匂いが鼻についた。
壁際ではリングマーカーを付けた異世界人たちが急ぎ足で動き回り、担ぎ上げた布袋を背負いながらどこかへ向かっていた。
魔法使いの鉱山夫たちは眉をひそめながら距離を取って作業している。
(あんたたちの後始末してやってるのに!)
内心で毒づきながら歩いていくと、グレンはすでに次の作業員と話していた。
「——手を貸してやりてぇが、ちょっと時期が悪いな。納期が迫ってるんだ」
「そうか。邪魔してすまなかったな」
「いいや、少し気分が前向きになれたよ。まさかあの壁を素手で殴って亀裂を入れるとはな。負けてられねぇなって思えた。ありがとよ、嬢ちゃん」
「あ、うん」
急にお礼を言われ、少し照れる。
ただ壁を殴っただけなのに、それが彼らにとっては希望になるのか。
「……グレン、話は変わるが、あの第八坑道の噂を聞いたか?泉のように鉱石が湧いて出てくるってやつだ」
「酔っぱらいの戯言だ。聞くだけ無駄だ」
「オレもそう思ってたんだがな。その噂を口にしたやつが、しばらく姿を見せなくなった」
「酒でも飲み過ぎて倒れてたんじゃないのか?」
「いや、久しぶりに見かけたと思って声をかけたら、そいつは怯えて言うんだ」
「もったいぶるなよ、言え」
「灰煙組の連中が数人やってきて、二度と口にするなって脅されたと」
「どういうことだ?」
「グレン、灰煙組の連中に気をつけろ。最近、何かおかしいんだ」
「わかった。気に留めておく。じゃあ、行くぞ」
グレンがさっさと歩き出したので、ボクも慌てて後を追う。
「第八坑道」とか「灰煙組」とか、気になるワード満載なんだけど!何?鉱石が湧いて出るって!
でもグレンは黙々と進む。見失ったら、もう地上に出られないかもしれない。
坑道の合流地点に差し掛かる。
ここは採掘した鉱石を仕分けたり、作業員が小休憩を取る広場のようになっていた。
壁際には水桶と簡易ベンチが並び、汗まみれの鉱夫たちが座り込んで喉を潤している。
空間が広いためか、坑道内よりは少し静かだった。
「お、いいのがいたな。あれはミルタだ」
グレンの指差す先には、がっしりした体型の女性がいた。筋肉の付き方だけ見たら、ボクなんかよりずっと強そうだ。
「また大変なこと頼みに来たのかい?」
グレンの顔を見るなり、彼女は苦笑した。
「よう、ミルタ。今日も別嬪だな」
「そんなのはいいよ。お前が来ると、ろくでもない話ばっかりだ。なんだ、早く言えよ」
「例の壁さ。あれが壊せる目途が付きそうなんだ」
「おいおい、グレンよ。寝言はベッドで聞いてやる。久しぶりにうちに来るか?」
え?ちょっと待って、どういう関係なの?
「本当さ。こいつが力いっぱい殴ったら、ヒビ割れたんだ。ただ、このままじゃ危ないから、坑道を補強したいんだ」
スルーした!グレン、親しそうな女性からのお誘いだったんじゃないの?
ミルタは黙り込む。信じられない、と言いたそうな表情だったが、少し考え込んだのち、仕方がないといった顔になった。
「帰れって追い返したいところだが、私も空振りばっかりで嫌になってたとこさ。人手が欲しいなら協力する。あと、他にも声かけていいか?暇してるやつはごろごろいるんだ」
グレンは眉を上げ、嬉しそうに頷いた。
ボクもほっと胸をなで下ろす。どうなるかとヒヤヒヤしたけど、これでまた人手が増えそうだ。
「大助かりだぜ、ミルタ。他にも声かけてみてくれ」
「わかった。……なあ、グレン。灰煙組のやつらに気をつけろよ」
「なんだ、お前までその話か。第八坑道だろ?」
「いや。お前は知らないだろうが、ギルド総会に灰煙組が妙な話を持ち込んだそうだ」
「妙な話?」
「ああ、灰煙組の傘下に入るなら、儲け話を教えてやる、と」
「面倒な。バカの言うことなんか放っておけ」
「私だって面倒ごとは嫌いだね。でもな、グレン。何か大きな流れがあるとき、それを知ってるのと知らないじゃ、生きるか死ぬかが決まる。お前に死なれたくないからな。お前も知っておけ」
「話はわかった。だが、今は例の壁だ。他のことは考えたくない。じゃあ、頼んだぞ?」
「ああ。わかった」
再び気になる話を聞いてしまった。でもどういうことなのか、ボクにはさっぱりだ。
「サク、どういうこと……って」
思わず呟いた。わからないことがあると、ついサクの顔を探しちゃう。クセみたいなもんかも。
でも、今はサクはいない。少し会ってないだけなのに、急に心細くなる。胸が締め付けられる。
「おい、トキ!休憩所に戻るぞ!」
「わかった!サクも戻ってるかもだね!」
いろいろ気になることはあるけど、サクに合流して教えてもらおう。
そう思いながら、ボクは気を取り直し、グレンの後を追った。