殴って解決!それがボクだからね!
ここは魔法使いの国"魔杖国"の中核都市。巨大な城壁に囲まれた要塞のような街だ。
「ちょっと待って!子供もいるの!?」
華やかな表通りから外れた暗い裏路地で、思わずボクの声が上ずる。隣で相棒が周囲を警戒している。
ボクは異世界人のトキ。ちっこくて、引き締まってるってよく言われる燃焼系女子。髪はポニーテールにしてる。
相棒は異世界人のサク。ひょろっとした長身男子で、白っぽい髪をふわりと流してる。目元が切れ長で、知的かつミステリアスな印象。
日頃は、ボクとサクで"無印商売"という何でも屋のような仕事をしているんだけど――。
今回は依頼ではなく、同じく異世界人からの緊急救援要請。ボクとサクは急いで魔杖国の城壁都市に潜り込んだ。
救援を求めた異世界人のユウと無事に合流できたが、彼女は一人ではなかった。
痩せ細った子供が五人。まともに食べられていないのか、やせ細った姿に強い既視感を覚える。昔のボクたちを見てるみたい。
子供たちはユウの裾を掴み、警戒しながらこちらを見上げていた。
「都市から脱出したいって要請だったけど、子供たちも一緒に?」
「はい。見つかれば全員捕まります。この子たちを置いていくなんて絶対にできません」
「まあ、うん。そうだよね」
サクの方を見ると、彼は周囲を警戒しつつボクに頷いた。
「一人だろうと六人だろうと、大差はありません。予定どおりに脱出しましょう」
サクは簡単に言うけど、実際はそう単純じゃない。なにしろ――。
「警備隊に追われてるんだよね?」
「はい。私たちは研究所から逃げてきました。そのとき通報されたみたいです」
「よく逃げられたね」
魔法使いたちの研究所から子供を連れて脱出するなんて、誰かの手引きでもなきゃ無理じゃないかな。
「私のスキルでこっそり抜け出せました」
「ごめん、スキルを聞いてもいい?」
異世界人にとって、スキルは生き延びるための唯一の武器。お互いに詮索しないのが暗黙のルールだけど、今は逃げるために必要だ。
「はい。私のスキルは<shift(移動)>です。でもまだ練習不足で、自分と両手で抱えたものを壁の向こう側に転移させるくらいしか……」
「すごいスキル!あなただけなら、どこにでも逃げられそうね」
スキルをモノにするには相当の修練が必要。ボクも使いこなすまで時間がかかった。
「そうかもしれませんが……」
「あ、大丈夫。この子たちもちゃんと連れていくから。置いていったりしないよ」
子供たちはユウにしがみつく。ここで見捨てられたらと思うと、その手はもう離せない。
「サク、どうする?」
「第四門に向かって、ただ真っ直ぐに。経路の予定を整えました」
サクの"予定"は口癖みたいなもの。
彼のスキルにも関係してる。サクのスキルは……、いや、他人のスキルについて言うのは良くないって思うから、言わないでおくね。
サクが指差す方向、大きな門がそびえている。目立つ目標で助かる。
「派手に行けってことね。任せて!ボクが道を切り開くから、みんなついてきて!」
「私は後方を警戒しながらついていきます。振り返ることなく、トキを追いなさい」
ユウと子供たちは頷く。
ボクはスキルを発動する。
ボクのスキル<boost(強化)>は情熱エネルギーで身体を覆って強くなる。
ボクの身体を、まるで霧のように淡く、しかし確かな存在感を持つ光が覆う。炎にも似た輪郭を持ち、ゆっくりと揺らいでいる。
今はまだ一段階目の解放なので"赤みの強いオレンジ"色をしてる。準備は整った。
「いくよぉぉぉ!」
ボクは気合いを入れ、建物を思い切り殴る。
拳の一撃で建物を粉砕し、衝撃波でトンネルのような穴を穿つ。
城壁都市は入り組んでいて、普通に走ればすぐ追いつかれる。ならば、出口まで真っ直ぐ道を作るのが最速だ。
道中に人がいて一緒に吹き飛ばす心配はいらない。だってサクが「予定を整えた」から。
「すごい!スキルってこんなこともできるんですね」
ユウの驚きには応えず、ボクはひたすら突き進む。
第四門は目前。門番が三人、槍を構えて待ち構えていた。
「化け物め!街をメチャクチャにしやがって!」
「こんな可憐な少女を化け物呼ばわりはないでしょ!」
槍を掴み、門番三人をまとめてごと吹き飛ばす。魔法を使って応戦しないってことは、まだまだ新人だったのかな。
「さて、門には辿り着いたけど……どうする?」
「殴って破壊してください」
サクのあっさりした一言。起き上がれもしない門番たちは一丁前に嘲笑う。
「ばかめ。この門はレベル3魔法にも耐える障壁を兼ねている。お前には破れん!」
カチンときたボクは、スキル<boost(強化)>を一段階上げる。
「目にもの見せてやる!」
気持ちの高まりとともに、ボクが纏ってるエネルギーの色が変わる。"赤みの強いオレンジ"から"温かみのある黄色"に。
「いっけぇぇぇ!!!」
拳が門に命中した瞬間、轟音が響き渡る。門は大きくへこむ。
「へ?」と門番たちの間抜けな声がして。
次の瞬間に遅れてきた衝撃波が門に襲い掛かり、都市の外へ吹き飛んだ。
「どうやって出てくるかと思えば、結局は力尽くか」
門の外で待ってたタカがあきれ顔で言う。他に二人の異世界人もいるがびっくりしてる。
「殴って解決!それがボクだからね!」
タカは、異世界人たちを束ねて活動している自称革命家みたいなやつ。
背は高めで、鋭い目つきがちょっと怖い。赤い髪は短くて無造作に立ってる。動きがしなやかで、目つきも相まって、まるで獣みたい。
事前に連絡して、迎えに来てもらうように救援を出しておいたので、待っててくれたみたい。
二足歩行の大きなトカゲみたいな動物がひく幌付き馬車が止めてあった。
ユウたちが拍手し、子供たちは「すごい!」と尊敬の眼差しを向ける。
「では、急ぎましょう。予定が狂わぬうちに」
サクが促し、タカたちの馬車へユウと子供たちが乗り込む。
「最初は一人の予定だったのが、六人になっちゃったけど……隠れ里の受け入れ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。その隠れ里は魔法使いの支援を受けてるらしい」
「へぇ、珍しい!」
異世界人の隠れ里を支援する魔法使いなんて、珍しい。
でもまあ、何だっていい。子供たちが生き延びられるなら、それで十分。
「行くぞ」
「お願いね!」
馬車が走り出すのを見送る。馬車の後ろから顔を出した子供が「ありがとう!」と叫ぶ。
「救援成功!」
「ええ、我々も早々にこの国を離れましょう」
ボクたちもその場を後にした。
――でもまさか、十日後にまたここへ戻ることになるなんて、このときは想像もしていなかった。
──《SYS.AUTH_INIT》──
ここは、実に不思議で、そして小さな世界。
海に浮かぶ環状の大陸には、六つの国と二つの集団が存在しています。
そこに生きるのは、"魔法使い"と"異世界人"――。
"魔法使い"とは、この世界に生まれ、魔力を持ち、魔法を使う者たち。
対して"異世界人"は、別の世界から召喚され、魔力を持たず、スキルを使う者たち。
たとえ異世界人の間に生まれた子であっても、この地で産声を上げたならば、魔力を授かり"魔法使い"と呼ばれるのです。
さて、ここでひとつ、心に刻んでおきなさい。
魔力こそが、この世のすべてを動かす源です。
糧を得るにも、病を癒すにも、剣を鍛えるにも、筆を取るにも――魔力なしでは何も始まりません。
例えるならば、貴方の世界における電気のようなものかしら。
電気が絶たれれば、文明が崩れ去るように、この世界では魔力がなければ、生きることすら難しい。
けれども、魔力があれば、何もかもが思いのまま。
家を築くのも魔法、遠方へ赴くのも魔法、病に伏せようとも、魔法があれば瞬く間に癒えるもの。
この世界の"魔法使い"たちは、病に苦しみ、命をすり減らすことなど、とうの昔に忘れてしまったほど。
そして、"異世界人"の使うスキルは、魔法とは全く違ったチカラ。
魔力を必要としないかわりに、魔法使いたちが支配的なこの世界では、とても異質で、難しい。
魔法は"魔法使い"たちなら誰でも使える便利な道具だとしたら。
スキルは"異世界人"たちのもつ爆弾で、あつかいは慎重にならざるを得ない。
そんな神秘に満ちた世界の物語。――こんな風に、世界のことを説明していくわね。
──《SYS.AUTH_TERM》──