野菜、食えよ
「貴様、何者だ?」高貴なるドラキュラの血族であり、唯一一族で「陽」に魅入られ共に生きることを許された娘。「アモーレ・ブディナ」は目の前の「恐怖」に問う。
が、男は直立したまま黙っている。目を見張るほど目立っている、北風のような緑髪。妖精と言われても疑わないであろう、細く美しい体。
そしてその全てを否定するような。拒絶するような「覇気」。魔王も引くほどの存在感が、彼を「異様」だと本能が告げる。
「…………えか?」
小さく口を開いただけ。それだけでアモーレの体を震わせるほどの「恐怖」。
「…………お前か?ここを壊したのは…………。」
「それを知ってどうなる?申し訳ないがもう全て飲み込んでしまったぞ。」
なんとか平静を保つために挑発をしつつ対話に持ち込む。気高き名家の出でありながら、交渉術には抜かりのない賢き淑女。
その力で、のし上がってきたのだから。その成功体験の数々が彼女をさらに強くした。
しかし、イレギュラーというのは、常に潜んでいるものだ。
「『佩く冷戦』」詠唱の無い、単呪文。たった一言の魔法で、辺り一面は氷河に包まれた。
周りの全て。焼き捨てられた世界は彼の冷気に呑まれる。
アモーレの魔壁でさえも貫通する魔力は、足を凍らせていく。
「それで……、お前が壊したのか?」
凍えながらもアモーレは絶対に弱気にはならない。常に強く、舐められない様に。残念ながら、今回はその全てが逆効果。
「あ、ああ。――私が壊した。」
「…………そうか。」
その時、氷河の地が揺れた。文字通り、揺れていた。魔術?魔法?
答えはただの「闘気」だ。
「『金寧破飛』」
直後、アモーレは空にいた。月が近くに感じられるほど、世界が一望できるほど、天高く舞い上がった。
「何、だ――!」
咄嗟にアモーレは両手を地に向けて魔法を放つ。
「『砂城の塔』」
この技、世界に存在する4つの「至宝魔術」。言い方を変えると「基礎魔術」。
『砂城の塔』はその中でも「適応」の意味を持つ特殊魔術。
放たれた呪文。特に発動時ではなく、発動後に役に立つ魔術。軽い呪い、毒、持続系も全て合わせて適合する。
だが、しかし。それは意味のないこと。適応などする理由もなし。
『金寧破飛』はただの衝撃魔術でしかないからだ。
要するにとてつもないパワーで吹き飛ばしたのみ。
「ぐ、ぁ……。」一瞬でアモーレの鳩尾にフユの長い足が届く。
アモーレはとてつもない速さで吹き飛ばされる。目を下に向けると、ニヤリと不敵に笑う。しめた、と彼女は思った。
そこはちょうど「アイダモ」の直上。
「ッ私の勝ちだ!」
月夜に染まるほど紅く、広げられた翼は、滑空するように都市へと自由落下した。
アモーレは落ちながらも天に手を翳し、呟く。
「『六面球門』」
六角形のシールドが街の上部を取り囲んでは守り始める。
それは外部からの断絶。そして拒絶。それでいて魔法の壁。
名を『六面球門』。世界でも物珍しいアイテム、「魔法封殺」の1つである。
フユのスピードすらも上回る早さで展開されたドームは、彼の体に衝突してもビクともしない。
「勝った」アモーレの中でなんども反芻しては噛み締める。
フユは何もせず唯ドームに手をついていた。
アモーレは都市の中心。『黄金旗』の塔に着地して空を見上げる。
目を疑った。彼女は何度も何度瞬きをしても、それが事実であった。
「割れ、割れて――。」
フユは握力で『六面球門』を破壊した。
いとも容易く、赤子の手を捻るかの如く、「力」だけで解決した。
それは正しく「魔王」……。
アモーレは息ができなくなった。
一瞬、フユは彼女の首を片手で締めては呟いた。
「野菜、食えよ。」
アモーレはなんとか爪をたてて掴まれた腕に引っ掛ける。
だがそれも虚しくフユの力は増えてくばかり。
「野菜食えよ。野菜食ぇや死んでまったあいつらの事も分かろうて。」
訛った声も、脅迫の声も、アモーレには死前の呪いでしかない。
「やめ、て。くだ、……。」
「野菜、食えよ。」
捻れ、うねる様に建てられた、高く高く続く塔の上。
フユはその手でアモーレを討ち取った。