魔王さん、一撃瞬殺
ザクッという気持ちの良い音が響く。
男は慣れた手つきで大きなクワを上げて、振り下ろすを繰り返す。
そのたびに良い音とクワの重さが体に響いて気持ちが良い。
ああ、気持ちいい。そう幸せそうに男は心の中で呟く。
こんな晴れやかな日には、植物たちも喜んでいるだろう。太陽を見ながら思った。
――あいつもこんな晴れた日が好きだったかな。汗が頬を伝っていくのを男は感じた。
~~一方その頃、魔王城~~。
「……フフッ、フハハハハ!」ドス黒い声で放たれた笑い声で周りの瓦礫が揺れる。周りに流れるわずかな魔力さえも、並みの冒険者ではあてられてしまうほどの濃さだ。
ここで四人の者たちは魔王の前で倒れていた。相対した魔王は余裕気に王座に座り、足を組んでいた。
巨大な口から見える薄汚い歯は、まるで猛獣のようだ。
「あの男の力を受け継いだと聞いていたが……話にもならんな。」
また不敵な笑みを浮かべると、空は呼応するように雷鳴を轟かせた――。
~~また場面は戻り、陽が降り注ぐ畑の元~~
おーい、と男を呼び止める声が聞こえる。
「レガース君。この土見てほしいんだけど、いいかな?」
男は持っていたクワを置いて、タオルで汗を拭きつつ差し出された土を見る。
その土はボロボロになっており、空気に触れるだけで風化してしまっていた。
「あー、『魔層土』ですか。もう変えなきゃいけないんですかね。」
「そうかもしれないね。これで育ててた植物も魔のもので、もらえたのも奇跡みたいなものだっただろう?まったく魔と関係のない僕らじゃわからなくてさ。」
「それで、なぜ俺に?」
「そりゃ、レガース君が一番植物に詳しいし。」
「なるほど。確かに詳しいですが、これはさすがに代替のしようのない土ですし、もう魔の植物は育てられないかもですね。」
「それは困るなあ。」二人して頭を悩ませていると、レガース。「フユ・レガース」は思いついたように、「あ」といった。
「俺、魔層土取りに行ってきますよ。」軽くそう言うフユに、農家の男は「へ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「俺ならパっと『魔窟』いけますし、ね?」
「いや、でも今は魔王が戦ってるかもしれないし、噂によればちょうど討伐隊が魔王城に着いたとか……。」
「大丈夫ですって。魔王城に近い場所では降りないようにすれば。」
「でもなあ。」と悩む男を置いて、フユは「んじゃ、行ってきます。」と足に力を入れ始めていた――。
~~また場面は戻って魔王城~~
雷鳴だけが響く中、ふと倒れていた者たちの中で一人、立ち上がった者がいた。
その者は巨大な剣をなんとか拾い、歯を食いしばって魔王に切っ先を向ける。
「――僕の名は、『アーベルト・バルドル』!」魔王は何も言わずアーベルトを見た。
その目は希望を背負った黄金の目であった。
「……貴様を、倒すものだ!」決死の覚悟でそう言い放ったが、魔王は何も言わない。
赤子を。いや理解できない昆虫を見るかのようにアーベルトを蔑んでいた。
対してアーベルトは首から下げたペンダントを握って呟いた。
「二人とも、見ててくれ。僕が必ず――。」
アーベルトの純粋な青色の魔力が黒く染まった空に一閃、光を放つ。
剣は魔力を吸収して周りの黒い魔力を消し去っていく。
「ほう。なかなかの魔力。『8柱』上位クラスか?」その姿を見て、初めて少し体を動かした魔王は嘲笑うように言う。
「だが、弱いな。ゴミ同然だ。」
アーベルトはそんな言葉に負けじと魔力を込める。そして周辺の魔力が青く染まりきった時。アーベルトの剣は振りかざされる。
「喰らえ!僕の、全力を!」
悲痛ともいえる雄たけびが上がり、魔王が笑う。
「来い、できそこない゙」その時、魔王の左頬付近に何かが突っ込んできた。
魔王の面はぐにゃりと歪み、目が飛び出しそうなほど衝撃が伝わる。
「い゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」
強烈な爆発音と魔王の姿が王座から消え去ったのはほぼ同時で、気づけば魔王は城の左の方に倒れていた。
ピクリとも動かず、白目を剥いた魔王の頬の上には人影があった。
「……あっちゃぁ……。死んでるかな、コレ。着地地点ミスったぁ…。」
つんつんと頬を突いて焦ったように言う。
アーベルトは目を疑った。
「――フユ、か?」
その声に体を震わせ、首をゆっくりとアーベルトの方へ向けるフユ。
「やっぱり、フユ……。君は最強だな。」泣きそうな声でそう言ったアーベルトとは違ってフユは目を泳がせたまま、口を開いた。
「――俺は、殺ってない。殺ったのはお前だ。」
――――かくして、魔王は一撃で通りすがりの農家にブチ殺され、世界に平穏が訪れた――――。